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「砂糖地獄っ!」
勢いよく起き上がるとベッドに寝ていた。いや待てなんだよ砂糖地獄って。どんな夢見てんだよっていうか何て典型的な目の覚まし方。とんでもねえ悪夢だな。向こう一週間はケーキ屋に入りたくない気分だ。
「って、うわ、昨日風呂に入んないで寝たのかよ」
ベッドから抜け出してみればまさかのまさかで制服のまま。ワイシャツはいいとしてもスラックスがしわだらけに……。悲劇だ……。もう一着とか持ってたかなぁ。あ、その前にシャワー浴びよ。
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……まさかの事態が再来した。うわ、全然日数とか記憶してなかったけど今日って獄寺が転校してくる日だったのかよ。つか、入学してからもうそんなに経ってたのか……。
イタリアからの帰国子女だと紹介された獄寺は自分の席に向かうよりも先に真っすぐに沢田の席へと向かい、机ごと盛大に蹴り倒した。なぁ、これさ、隣の席である俺のとこにも二次災害来てんだけど。ちょっと笑えない。
「沢田、知り合いか?」
少し不機嫌に問いかけてみれば沢田は全力で否定した。思わずその辺のモブの台詞を奪っちまったがこちとら二次災害を食らったんだ、構わんだろ。
その日の授業は特に滞りなく進んでいった。普通と違うことと言ったら、度々獄寺から向けられる威圧感に沢田がいちいち悲鳴を上げ、その度に俺がウルサイとキレたことくらいだろうか。
だって本当にうるさかったんだもん。
昼休みになって沢田が教室からいなくなり、続いて獄寺もいなくなった。
俺はと言えば、笹川と黒川からの弁当の誘いを断って、購買でイチゴ牛乳を買ってから屋上へと向かった。昨日は途中で雲雀が来たが、あいつがここで寝るのは放課後だっていたし大丈夫だろ。
校舎裏が見えるポジションを取って、フェンスに寄りかかりながらイチゴ牛乳のパックを開けた。そこから見下ろせば、ちょうど沢田と獄寺がやってきたところだった。
「よし、タイミングはバッチリ」
獄寺が来たとなれば絶対行われるはずのイベントを見にわざわざここまでやってきたのだ。その辺の物陰とかと違ってこっそりかつ大胆に観戦するのには最適だし、何より俯瞰で見ていられる。
「沢田、獄寺、リボーン。んでやっぱり長谷川か」
2人の戦いを観戦しながらリボーンと談笑している長谷川の姿を確かに捉えた。どっちかに加勢でもするのかと思っていたけど、その様子はまるでない。んー、裏社会で名を馳せてるっていうから強いのかと思ってたけど、実は戦闘要員ってわけでもねえのか? 戦わないんなら武器被りの心配とかもなくていいんだけどさ。
にしてもパンツ一丁で何かしてる姿って何度見てもシュールすぎて笑えて来るよな。何でそんな仕様にしちゃったんだよ死ぬ気弾。もうちょい頑張れよボンゴレ。
『おみそれしました!』
あ、終わったっぽい。結局長谷川はノータッチか、つまらん。
『長谷川さん、俺と手合わせ願えないでしょうか!』
ぐふっ
思わずむせた。飲んでいたものがものだけにめちゃくちゃ喉と鼻が痛い。不意打ちダメ絶対。
あぶねえ、非戦闘要員だと思い込んでいただけに今のはヤバかった。
『それで、俺が勝つことができたら10代目の右腕として認めてください!』
ぶふぉっ
今度こそ思い切り吹き出した。
おい待てや獄寺、何言っちゃってんですか。よく見ろよ、沢田はおろか言われた長谷川でさえも目を丸くしちまってるぞ。読者もびっくりの予想外展開だよ。
『あ、あの、獄寺さん、私にそのような義務はおろか権限すらないのですが』
『いえ、かの有名な殺し屋である長谷川やちるさんとお会いできたのです。あなたに勝つことで10代目の右腕にふさわしい人間だと証明させてください』
殺し屋!? あいつって殺し屋だったの!? あんな俺よりもひょろそうな体しておいて殺し屋なの!? 嘘だろ!?
『……ふぅ、わかりました。では明朝に並盛山にいらしてください。詳しい話はその時にでも』
『はい!』
うっわー、獄寺の奴めちゃくちゃ嬉しそう。長谷川とやりあうっていうのはそんなにもすごいことなのかねえ。今の展開についていけなかった沢田がリボーンから長谷川がマフィアであることを聞かされて盛大な叫び声をあげたことが今日イチで煩かった。
明朝の並盛山かあ。もし獄寺が負けたらどうする気なんだろ。長谷川はあんな奴だし(というかトリップ者だし)勝っても負けても右腕認定はするんだろうけどさ、獄寺の意気込みが変わりそうだよな。それで原作に影響が出たらヤバそうだよなあ。まあ見に行くに越したことはないか。
と、その時、背後に気配を感じて振り返った。
「また君かい?」
「げ、また会った……」
そこにいたのは雲雀恭弥。どうして屋上にいるだけで2日連続で会わにゃならんのだ。
「今って昼休み、ですよね」
「そうだね。だから?」
「いや。昨日は放課後って言ってたじゃん」
「いつ来ようと僕の勝手だろ」
「オッシャルトオリデス」
何故に片言。自分で心の中に突っ込んでしまった。
「騒がしくしなければ問題ないけどね」
「失礼しましたっ」
鞄をひっつかんで急いで屋上を後にした。騒がしくしなければって言ったって木の葉が落ちる音で目を覚ますお前に言われたかねーよ! 歩く音だけで絶対に起きるんだろ!? そんな理由で咬み殺されるとか死んでも嫌だからな!?
そんなこんなで教室に戻るころには既に沢田たちは戻ってきていて、獄寺は完全に忠犬になっていた。
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「並盛山ってここだよな……」
翌日、俺は近くの山まで来ていた。理由はもちろん、長谷川と獄寺の戦いを観戦するためだ。念のためにブレスレットで気配を消してから人目を避けてながら来た。どうやら気配は消せても姿は見えるらしいから扱いが難しい。
山道、ということもあって足音に充分に気を付けながら上を目指す。明朝、とは言っていたが詳しい時間指定がなかったから今がどういう状況なのかが全く予想がつかない。既に始まっているのか、それ以前に来ているのか。それすら把握できていないのが現状だ。しかも足音に気を付けながら山を登るのはなかなかにハードであることが今判明した。
「……ん? 何か聞こえたような」
声のようなものが聞こえた気がして一度足を止めて耳を澄ませる。
『では、名目上ではありますが、獄寺さんの右腕認定試験を執り行いたいと思います』
間違いない、これは長谷川の声だ。ていうことはもうそろそろ始まるよな。急がなきゃ。
『簡単にルールを説明します。今から30分間組み手をさせていただきます。とは言っても戦闘と違いありませんのでどのような方法を使っていただいても構いません。制限時間内に一撃でも当てることができれば獄寺さんの勝ち。できなければ私の勝ちです。判定はリボーンくんにお願いしましょうか』
ふむふむ、そういうルールな。って、大人しく聞いてる場合じゃねえや。あー、でも足音誤魔化すの面倒だし始まって獄寺のダイナマイトがうるさくなるの待ってた方がいいかな。
ドオォンッ
とか言ってたら始まったわ。今の一撃で終わってたらシャレになんねえけど、まあ多分大丈夫だろ。
何とか到着して他の人に見つからない位置から観戦する。戦っている長谷川と獄寺以外にいるのは沢田とリボーンだけだ。うん知ってた。
さてさて、長谷川の武器は何かなっと。爆煙が立ち込める中でコンタクト機能を使いながらなんとか目を凝らす。んーと、あれはなんだ、槍か? 三叉槍とかあんな奴じゃなくって、どっちかっていうと薙刀みたいなそんな槍。へぇ、長物ぶん回せるんだあいつ。見た目に合わないっていうか、よくもまああんな細い身体でぶん回せるもんだ。しかも基本的に片腕を主軸にするという結構腕力がいりそうな戦法。どこにそんな力があんのか、軽く振るっただけで風を巻き上げ、それでダイナマイトを防ぎきっていた。
あ、こいつ意外と強い奴だ。下手にちょっかい出したらヤバい奴なんじゃねえの。
防戦一方かと思わせて時折不意打ちのように仕掛けられる攻撃のせいで獄寺になかなか勝機が見えてこない。このままだと本当に負けるんじゃねえの、あれ。長谷川もヤバそうって顔してるけど、獄寺の意地のせいで手加減もできないんだろうなあ。
「頑張れよ獄寺ぁ」
思わずぼやいてしまった。その時、たった一瞬だけ長谷川の意識が獄寺から逸れた。たかが一瞬、されど一瞬。この好機を獄寺が逃すはずもなく、長谷川が意識を向ける場所を戻した時には既にダイナマイトは目前まで迫っており、槍が遠くまで飛ばされた。
「そこまで!」
リボーンが叫ぶ。同時に双方が動きを止めた。
「この勝負、獄寺の勝ちだ」
「やったぜ!」
おー、なんかよくわからんが勝ちやがったぞあいつ。おめっとさん。
さてと、終わったことだし帰って飯でも食ってのんびり過ごすとしますか。
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「おめでとうございます、獄寺さん」
槍を回収して戻ってきたやちるはにこやかにそう告げた。
「随分とお強いのですね」
「いえ、あの一瞬がなければ俺は確実に負けていました。あの……どこを見ていたんですか?」
「……」
かちゃりと眼鏡を押し上げる。
「ツナ、リボーンくん以外に今回のことで誰かお誘いしましたか」
「え? ううん、誰にも話してないけど」
「あなたは何か気が付きましたか、リボーンくん」
「まさかつけられてたっていうのか? だが俺は何の気配も感じなかったぞ」
「あの、長谷川さん……?」
「どうやら私の気のせいだったようです。ただの見間違えに気を取られているようでは、私もまだまだですね」
「全員ガキンチョだからな」
「赤ん坊のお前が言うな!」
†‡†‡†‡†‡†‡
誰もいなくなった並盛の山の中に、やちるはたった1人で佇んでいた。その視線は、誰もいないはずの場所に向けられている。
「あれは本当に見間違いだったのでしょうか……」
戦闘中に一瞬だけ見えてしまったもの。森林に溶け込みそうなあの緑色は、確かにクラスメイトである霜月要であった。見えたのはほんの一瞬の出来事、気配すら感じなかった。だから見間違えということにはしたのだが、本当にそうなのだろうか。
そもそも、なぜここに来ていたのだろうか。誰にも話していないのに。誰にも教えていないのに。
「霜月要……家はツナの家の隣で席まで隣。そもそも、原作が始まる前からツナが親しく話しかけることのできる人物なんていなかったはず。あの日に出会ったこともどこか引っかかる……。彼女は一体何が目的で……いえ、今はまだ気にかける必要はありませんね。私の邪魔さえしなければ」
そうしてやちるは暗い木々の間に消えていった。
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