◊
朝起きてリビングに行くと、小包が届いていた。まさかの宅配と言う過程をすっ飛ばした置き土産だ。加えてどこにも送り主が書いてない。……怪しすぎる。
「開けたら爆発……とか、ねえよな」
どこのクトゥルフだ。なんてツッコミも不毛に思えてきた。
恐る恐る、小包を開けてみると、中には箱と手紙が入っていた。少し迷ってから先に手紙を読むことにした。そこに書かれていたのは、なんとも意外な人物からの土産であった。
〈拝啓 お久しぶりです。最近は仕事が忙しすぎて漣志が解放してくれないです。まだしばらく会えそうにないけど寂しがってないか? 漣志からの伝言で頼まれた短刀が出来上がったから届けておきました。出来はまあ……一応お気に召すかと。何かあったら、そうだなあ、とりあえず寝てくれ。昔に俺と会った空間を覚えてるよな。あそこに行くつもりで眠れば恐らくは会えるはずだ。そんじゃ、頑張れ。リボーンに関してはドンマイ☆ 銀より〉
殺意がわいたのは不可抗力だろう。最後の星があまりにもムカつくもんで本題を忘れかけた。
「あー、で、刀っと」
箱の方を取り出して開ける。入っていたのは全長およそ30㎝ほどの短刀が二振り。鍔の形が氷の結晶を模っているあたりが、銀が言っていた“一応”なんだろうな。
感想としては、上出来かな。周りに試し切りができるもんがないから切れ味は知らんし、もしかしたら模造刀で切れないのかもしれないが、手に持った感じはすごく馴染むようにできている。
あとは……
「吹き抜けろ 霜天氷龍」
両手に持った刀に力を込めると、周りの空気が凍ったような感覚になり、そして刀が柄から刃まで、氷の短剣へと姿を変えた。
「お前、転生する世界間違ってるだろ……」
そんな銀のボヤキが聞こえたような気がした。
え、だってかっこいいじゃん。長谷川には思わずツッコミ入れたけどさ、やっぱり斬魄刀ってかっこいいじゃん。え、武器は被ってないよ? え、被ってないよ? 槍と短剣じゃ天と地ほどの差があるじゃん(始解の話)。ノーカン。
軽く切っ先を振れば元の短刀の姿へと戻り、一緒に箱の中に入っていた鞘へと納めてから鞄にしまった。
と、その時だった。
『みーどりたなーびくーなーみーもーりーのー♪』
野太い声で並中校歌が流れ出した。悲しいかな、俺の携帯電話の着信音である。風紀委員に入った時に、雲雀によって強制的に設定されてしまったのだ。とは言っても雲雀限定なんだけども。
「もしもーし、まだ遅刻じゃねえぞ」
『別件だよ』
スピーカーの向こうから聞こえてくる声はいつも通りぶっきらぼうなもの。
『今日、君のクラスで調理実習があるでしょ』
「あー……女子がおにぎり作るやつな。うん、ある」
『鮭よろしく』
「ちょっと待て。作るだなんて一言も言ってねえんですけど」
なんなんだよこの坊ちゃんは。しかもそのためだけに電話してくるとかおかしいだろ。
「つーか、鮭って武にも作るからわけんのめんどい」
『へえ、作る相手いたんだ』
「友達少なくて悪かったな!!」
『それじゃあ昆布よろしくね』
「だから作るなんて一言も……切れた」
無機質な電子音のなる携帯の画面を見ながらため息をついた俺は何も悪くない。と信じたい。武に作る分だって、「せっかくだから」って頼みこまれたからであって、正直に言うと自分の食べる分以外は作る気はなかった。
……あ、そういえば今日ってビアンキが来る日だよな。正確には、初めて並中に来る日、だけど。おにぎりってことは漫画展開だろうから大人ランボを拝むこともないだろうな。ノーリスクで大人ランボを間近で見るチャンスだと思ってたんだけどな。
「えーと、鮭と昆布と納豆と……」
そんなこんなを考えながら、冷蔵庫を一通り漁ってから俺は並中へと向かうのだった。
†‡†‡†‡†‡†‡
「要ちゃんって上手だね!」
「意外と言うかなんというか……」
実習中、同じ班で調理実習をしていた笹川と黒川から、超意外そうな眼差しを向けられた。うまいも何も、たかがおにぎりを普通に作ってるだけなんだが……。
「1人暮らしも長いからなあ。基本自炊だし」
「私もよくお兄ちゃんのお弁当を作ったりしてるんだけど、要ちゃんに負けちゃうな」
「心配するな、お前には女子力という圧倒的勝因がある」
むしろ俺に女子力があったら怖い。
「いい嫁になるわアンタ」
「心配するな、一生独身だ」
「じゃあアタシが貰ってあげる」
「突然の百合!?」
「ダンナとして」
「どういう流れ!?」
「だって霜月ってそこらの猿軍団みたいな男子たちよりずっとイケメンだもの」
「……そりゃどーも」
素直に喜べないこの気持ち。百合をする気は毛頭ないし、黒川が冗談で言ってるのはわかるんだが……うん。
それはさておいて、自分で食べる分と人にあげる分とをそれぞれ作っていく。鮭やら昆布やら。納豆はちょっとした悪戯用で。笹川を見れば普通に鮭、黒川はしお結びを作っているらしい。
笹川の渡す相手は沢田として、黒川は一体誰に渡すんだろうか。さっきの会話の通り、大人ランボ以外の男子は全員猿にしか見えないと豪語するような奴だからな、少し気になる。それとも当初の俺と同じように自分専用一択か。
「……ん? そういえば長谷川がいねえな」
おにぎりを作り終えて室内を見渡していたら、ふとそんなことに気が付いた。どうりで今日は視線を感じないと思った。とういうかめちゃくちゃ気分が楽だった。
「やちるちゃんなら今日はお休みだよ。風邪引いちゃったんだって」
「あ、そう」
風邪ねえ。ふーん……ビアンキが来る日に風邪で欠席とは。ザマァ。
「けど、今日は休みでよかったかもね。主に周りの人的に」
「はい?」
「前にね、やちるも一人暮らしっていうもんだから自作弁当を作って見せてもらったことがあったのよ。あれは、酷かったわ。料理って呼んでいいのかすらわからなかったし」
「その話ちょっと詳しく」
なんだか美味しい話の予感。
「見た目はね、ちょっと盛り付けが下手なのかなって程度なのよ。けど食べてみたらさ、なんて言えばいいのかしら。とりあえず食べ物じゃなかったわ」
「なるほど。何ひとつとして理解できなかった」
いや、1つだけわかったか。長谷川やちるは料理が壊滅的に下手くそらしい。勝った。とりあえず人間として勝った。
「あ、そろそろ時間だよ」
笹川の一言で時計を見ると、確かにもう実習は終了の時間だ。次に来るのは昼休み。つまるところ、男子たちが今か今かと教室内でスタンバイしているわけだ。これでもらえない男子は期待損だろうな。
雲雀に渡す分はアルミで包んで鞄にしまい、教室で渡す分は皿に乗せる。……なんというか、俺のだけ量がおかしくないか? たいていの奴が1つか2つだってのに俺だけ3つも乗ってるぞ。
まあいいか。
『家庭科実習で作ったおにぎりを男子にくれてやるー!』
ところで、このくだりはいるのか? 俺はやらんがな。
さて、本題はこれからだ。笹川が渡すはずのおにぎりがビアンキによってポイズンクッキングにすり替えられなんやかんやあるのが今回のイベントだ。因みに俺は未だにビアンキの姿を視認していない。原作でも沢田以外が気付いている描写はないし、もしかしたら俺のような一般人じゃ気配の確認もできないのかもしれない。曲がりなりにもビアンキだって殺し屋なわけなんだし。
例えばだ。原作補正というか、逆に一般人補正ともいえる、主人公以外は気づけない仕様になっているとする。俺が気付かないうちにおにぎりがすり替わり、俺が気付かないうちに自分の持つおにぎりが消え去ったら。いくら原作を見たい側としてもそれはいただけない。
「どうしたもんかねえ」
ひとまず思案。とりあえず一番の策としては、沢田の死ぬ気モードを察したらすぐにおにぎりを隠すってことで。OK。
「ま、悠長に構えるか」
肩をリラックスさせる。直後。
「うおっ!?」
「きゃっ!」
死ぬ気に備えようと一歩下がった時、踏んだか踏まれたか、思い切りバランスを崩し、どんなご都合主義か目の前に建っていた笹川の背に頭突きをかましてしまった。一番のご都合主義は、その勢いで笹川が沢田のすぐそこまで行ってしまったことだろう。盛大にこけた俺の皿の上が無事なのもある意味ご都合主義だ。
何が起きたものかと後ろを見れば、舌打ちをする恨めしげな顔のビアンキと目が合った。え、目が合った? 色々とやばい。ビアンキの記憶に残りませんように。
つまりはあれか。笹川のおにぎりをポイズンクッキングとすり替えようとした途端に俺が後ろに下がったもんだからお互いにコケて笹川はあの通り、と。あれっ? なんかダイレクトに原作の邪魔してません? 大丈夫か俺。
「普通のおにぎりを食べる沢田……。うん、ある意味では本来あるべき光景なだけに腹立つな」
「ひとり言か?」
「頼むから気配もなく横に立たないでくれ」
お前は一般生徒のはずだろ武。リボーンという名のチビ介みたいなことをしないでくれ。心臓に悪い。
「で、作ってきてくれたのか?」
「まあな、運試しもするけど」
「あれ、山本って霜月さんからもらうの?」
「……げっ」
どうしてこうなった。さっさと武のことを罠にはめてやろうと思ってたのにどうして沢田と獄寺が来るんだ。つーかテメェ久々だな獄寺。長谷川以上にアウトオブ眼中だっだぜ。来なくていいわ。
「ケッ、山本相手に3つも作ったのかよ」
「なんだ興味あんのか? だったらお前ら3人で運試しでもやるか? 後悔するだろうけどな」
「ンだと」
ちょうどいいや。どうせ残ったら沢田に押し付けるつもりだったし、このメンツなら間違いなくはずれを引くのはこっちの2人だ。
「ちょうど3つあるから好きなの選べよ。ただし、当たりはたった1つだけ、武にリクエストされた鮭だ。残りの2つは激辛納豆を仕込んであるぜ」
「なんでー!?」
「上等だ。俺の強運見せてやるぜ」
結論から言うと、獄寺の強運は外れを引いた。
「うがっ!」
「な、何これー!?」
「おっ鮭だ♪」
やはり天は武に味方しているらしい。一度は『神に見捨てられた』とか宣ってはいたが、強運の神は間違いなく一生コイツを手放しはしないだろう。というか、今度銀に会えたら運の神様がいるのか聞いてみよう。そんで武の近況を聞いてみよう。
あ、ところでこの納豆の辛さなんだがな、付属の辛子袋20に加え生わさび一本をぶち込んだ。スパイスみたいなピリッと来るからさじゃなくて、特有のツンと鼻に来るからさだから辛いもの好きでも悲鳴あげるぞ。
って、院長が言ってた。昔はよくそれで遊んでたんだと。
「おい霜月ィッ!」
「自業自得だ。んじゃ俺は昼休みが終わる前に雲雀のこと探しに行かなきゃなんないから」
「午後の授業は出んのか?」
「雲雀次第だな。出てなかったら風紀委員だって言っといてくれ」
「わかったぜ」
サラッと会話しているが、実のところ風紀委員に入ってからは何度か授業をすっぽかしている。時々雲雀に書類整理を押し付けられているのが原因だ。とは言っても雲雀が目を通した書類を内容ごとに分類してケースにしまうだけの作業なんだけどさ。何で授業を抜けてまでやらにゃならんのだとも思うのだが、風紀委員って言うと誰であろうとそっちを優先させるようにと言ってくる。不思議なもんだ。ちなみに新島だけは風紀委員を言い訳にはさせてくれず、是が非でも俺を体育の授業に引きずり出す。雲雀以上に逆らうのがめんどくせえ。
そういえばさ、風紀委員=応接室って固定イメージあるじゃん。継承編でもアーデルハイトが応接室の明け渡し要求をしてるくらいだし。でもな、よくよく考えると応接室が風紀委員の活動場所になるのって2学期が始まってから、漫画で言うなら3巻からなんだよ。それまでどこで活動してたんだよって思うじゃん。
実はだな、その答えは……
「ちわーっす」
応接室である。何で!? ってなるだろ? 俺もなった。
ま、正確には活動場所ってわけでもないんだ。校長に頼みという名の脅しをかけて時々間借りさせてもらってる程度らしい。後はいろんな教室を転々と。
「約束のおにぎり持ってきたっすよ。どうせ昼飯代わりにでもするつもりなんだろうから大きめにしといたからな」
鞄から取り出したアルミを取り出して机の上に置く。雲雀はうんともすんとも言わずに本を読んでいた。
あー、この様子だとこれから風紀委員の仕事だとかで縛られることはなさげかな? 呑気に読書中らしいし、ここにいたところでそのうち邪魔だとか言われるんだろうから。そうなる前にお暇するか。
「ちょっと待ちなよ」
と思っていたのに呼び止めを食らった。なんだよもう。
「草壁が用事があるって言ってたよ」
「はい?」
なんでだ。何がどうしてこうなった。俺さあ、なんだかんだでまだ連絡先の交換もしてねえわけよ。え、まさかそのこと? 実は風紀委員の連絡網って草壁さん中心だったりする? だとしたらやばいわ。
つーか草壁さんどこだよ。1個上の先輩だってことしか知らねえぞあの人。クラスまでは一切知らんぞ。どこに行きゃ会えるんだ。草壁さーん、電報ですよー。
「はあ、とりあえずは……屋上にでも行ってみるか」
†‡†‡†‡†‡†‡
「やっと見つけた……」
草壁さんの姿を見つけて声をかけるころにはとうに日も傾き、俺もかなり疲弊していた。まさか並盛町の巡回に出てるなんて思ってもなかった。おかげで校内を何周したかもわからんし結果的に午後の授業をさぼっちまったじゃねえか。
「おやあなたは……霜月さん、でしたか」
「えーっと、初めまして。委員長から、俺に用があるって聞いたんで探してたんですけど……。もしかして連絡先ですか?」
「委員長からですか? あ、いえ、委員長が気にしている方だったので一度お話をしてみたいと思っていただけなんです」
これ別に今日じゃなくてもよくねえ!? それともあれか、草壁さんの独り言をあいつは拾ってきたのか!?
「せっかくの機会ですし、どこかでゆっくりお話でもどうですか?」
「……まあ、そうっすね」
よくわからん状況のまま、近くの喫茶店に入ることにした。草壁さんと面と向かって話をするのはこれが初めてだ。
「えっと……で、俺と話をしたかったっていうのは……?」
「特に深い意味はないんです。あの雲雀恭弥が興味を持った人がどんな人なのか気になっていたんです」
「いう程特別感ないんスけど」
「彼はきっとそうは思っていないでしょう。なにせ、生い立ちから何まで細かく調べた生徒はあなたが初めてなんですから」
「何それ怖い」
確かに前に、俺のことを調べさせたとかって言ってはいたけど、そこまで細かく調べてたわけ!? 草壁さんが気になっちゃうくらい!? ちょっとどころかかなりやばいと思う。ていうか孤児院時代も知られてるってことだよな。彩加がいない分、ぶっちゃけすれてたからなあ……。あーやだやだ。
「俺は別に、平穏に生きたいだけなんだけどなあ」
何で雲雀なんかに目をつけられたかね。リボーンもそうなんだけど、なんでだ。俺は静かに暮らしていたい。頼む。
「霜月さん」
「ふぇっ。あ、はい?」
「雲雀恭弥はわがままな人ですが、どうかついて行ってやってください。相談ならいつでも乗りますから」
深々と頭を下げてくる草壁さん。すいません、リーゼントが机に激突してまっせ。
「てか俺、入学したての一年坊ですし、風紀委員だって入りたてですし、雲雀のことはやっぱり草壁さんの方が扱いなれてるし……うーん、なんて言えばいいんだろう」
うまく言葉がまとまらずに頭が混乱してきた。つくづくコミュニケーション能力の欠如が心配になってきた。売り言葉に買い言葉はいけるんだけどなあ……。ダメか。
「私の気休めですよ。気にしないでください」
少し困ったように言う草壁さんからは、ひたすら苦労人の匂いがした。そして、しばらくの間はこの人の気苦労を減らす手伝いくらいはしてやろうと、なんとなく思った。
コメントを残す