夏休みも半ば。1件も来ない着信に胸を踊らせて、俺は近所の公園へとやってきていた。夏休みだというのに私服でいること自体が珍しくなるなんて、だいぶ風紀委員に毒されてるな。ちなみに宿題は合間を縫ってなんとか殆ど片付けた。自由研究とかいう意味のわからないものを除けば。
いや、マジでなんなのアレ。西条考古学院にいた頃にあんな宿題出たことないんですけど。
消費できない悩みに頭を抱えていたその時、遠くから軽快なメロディに合わせて明るい声が聞こえてきた。
『アイスはいりませんか〜。甘くてとろけるアイスはいりませんか〜』
「アイスくださーい!!」
おい誰だ、今ドン引きした奴。アイスが好物で何が悪い。別に甘党じゃねえよ。ケーキ類はチーズケーキ以外はなんも食えないし、チョコだって苦手だ。
でもアイスは別なのだっ!
ダブルサイズを両手に、またさっきの公園に戻る。すると、先程まで俺が座っていたベンチに、知らない女の子が座っていた。並盛の人じゃないのはなんとなく分かる。何せ風紀委員なもので。
黒い……いや、ちょっと藍色がかっているような……肩甲骨より下くらいまで伸ばされた長い髪で、雰囲気はふわふわしてどこか浮世離れしてて……。んー、なんか見覚えがあるような無いような……。
…………って、凪じゃん!!
「食べるか?」
考えるよりも先に、左手に持っていたアイスを差し出していた。
「え? あの……」
突然に差し出されたアイス(しかもダブルサイズ)にひたすら困惑する、凪思われる少女。うん、正常なリアクションですねごめんなさい。俺めっさ不審者。
「ほら、早くしないと溶けっちまうぞ」
「え……? ありがとう……?」
戸惑いながらも受け取ってくれたのを確認してから、俺はその隣に腰をかけた。おっと、自分のアイスも溶けてきてるヤベェ。
「えっと、あの……誰?」
「あー、いきなり話しかけたりして悪かったな。霜月要って言うんだ。この近所に住んでる。よろしくな」
「要……さん?」
このふわっふわな空気が超最高。最近は風紀委員という名のムサイ連中のとこばっかりいたから尚のこと癒される。マジ天使。
……っと、地味にテンション狂った。きっと暑さのせいだ。うん、そうに決まってる。
「で、お前は?」
「……三千院、凪……」
「へぇ、凪って言うのか。いい名前だな」
とりあえず某漫画のヒロインとフルネームが一致していることには触れないでおこう。触れたら負けだ。
あと誰だ? 俺のセリフが某ジ○リ作品の某キャラクターのセリフとまんまじゃねえかって言った奴は。触れたら負けだって言ってんだろ。
「あの……要さん」
「ん、畏まられるのあんまり得意じゃないから呼び捨てで構わないぜ」
「えっと、じゃあ……要?」
「うん、ありがとう。で、どうした?」
「どうしてアイスをくれたのかなって」
どうして……うん、どうしてだろうな。1人で公園のベンチに座ってたら突然アイスを出されて隣に座られるって、ただの不審者だよな。……不審者だよな!?
しかもあんだけ散々、原作キャラとは関わらないって決め込んでた割にはわざわざ自分から声かけに向かったしな。まぁ、武と仲良くなったり風紀委員になったりリボーンに目をつけられたりしてる時点でかなり目標瓦解してるし。
とは言っても今回に限っては不可抗力でも何でもなくて、自分の意思で凪に話しかけたわけで。それがなんでかと問われると……うーん……。
「凪が1人で寂しそうにしてたから……かな」
「え……?」
「あっ、変な意味じゃねえよ! ただ、なんて言うか……」
そこまで言って言葉に詰まった。声をかけた理由は、間違いなく原作キャラだったからだ。もっと言ってしまえば、実は俺がこの作品で一番好きなキャラクターがダントツでクローム髑髏だからだ。だけど、それだけじゃない。1人でベンチに座る凪を見た時に胸の奥につかえていたモヤモヤは、口ではうまく説明できない。
バックボーンを知っているからこそ感じとれる、どこにも居場所がない、誰も頼れる人がいない、そんな雰囲気の凪が昔の自分によく似ていた。なんて言ったら凪の人生にあまりにも失礼だと思った。俺と凪じゃ、独りである理由が決定的に違うのだから。
「えっと……あの、と……友達になって、くれますか?」
「ほえ?」
「あっ嫌ならいいの……。ただ、私、あんまり友達とかいなくて……要がよければ、なんだけど……」
「ばっか何言ってんだよ。俺は全然構わねぇって!」
さっきも言ったが、俺はクローム髑髏が大好きである。なんなら凪の時代から大好きである。小説の一作、モノクロームで沼に落ちた。会えるもんなら会いたかったし、こうして話をしてるだけでも実は心臓バクバクで全く落ち着かない。きっと好きな芸能人に出会ったらこういう感覚なんだろう(生憎と俺にそういうのはいないが)。
「連絡先とか聞いてもいいか? あ、携帯って持ってる?」
「ううん……。家の電話でもいい?」
「もちろんだ。お前が構わないならさ」
凪の表情がパッと明るくなった。
教えて貰った番号を登録して、“親友”のフォルダに振り分ける。ちなみに言っておくと、このフォルダには武の連絡先も入っている。雲雀と草壁さんの連絡先は“風紀委員”だ。そして不本意ながらにも獄寺の連絡先と沢田宅の電話番号も持っていて、“クラスメイト”で分類してある。
「いつでも連絡してくれよな」
「ありがとう」
微笑む凪がめっさ可愛い。
「あ、あと、アイスのお礼しなきゃ……」
「そんなの気にしなくていいって。お近づきの印ってことでさ」
「でも……」
「ん……あ、じゃあさ、ちょっと1つ頼んでいいか?」
†‡†‡†‡†‡†‡
場所は変わり、俺の自宅。凪の了承を得て、暑い公園を出た俺はそのまま一緒に帰宅したのだ。
「自由研究?」
俺が頼み込んだのは、唯一手付かずの宿題である自由研究を手伝ってもらうことだった。自慢じゃないが、何をするべきなのか検討もついてない。
「小学生の頃とかは、何をテーマにしてたの?」
「うん、それがだな……一度もやったことがない」
「……そうなの?」
驚きを隠せていない表情が心に痛いです。
そうらしいですね。世間一般では小学生の頃から自由研究をやってるらしいですね。西条考古学院はあくまでも大学だったもんでそんな宿題は一切なかったですよ。入学するまでは孤児院の特別学級だったからもっとわかんねーですよ。
「凪は何を書いた……?」
「うーんと……切手の種類……」
待ってどういうこと。切手の種類について書くの?
「興味があればなんでもいいの。要が好きなものとか」
「好きなもの……」
やべぇ、あんましない。勉強くらいしか取り柄がない。
「あー、折り紙……」
「え?」
「あ、いや、うん、昔よく遊んでたけど、色んな大きさで作り分けたりとかってたまにやるじゃん? そんで思ったんだけど、1枚の折り紙をできるだけ小さく分けて、最大何個折り鶴が作れるかなって」
「すごく楽しそう……!」
え、待って本当に思ってる? 我ながらアホらしいこと言ってるつもりだよ? 本当に楽しそう?? 新島の爆笑顔が目に浮かんでくるんだけど本当に大丈夫??
「折り紙ならスーパーでも買えるし、切るのはハサミかカッターがあればらいいんだもんな。ちょっと買いに行くか」
「一緒に行ってもいい?」
「当たり前だろ」
黒曜在住で滅多に並盛には来ないという凪に町を案内するためにも、2人で寄り道もしながら買い物に出かけた。出会った公園は黒曜と決して近くはない。なんであそこにいたのか聞いてみると、天気がいいので散歩に出たら黒猫を見つけ、追いかけていたら知らない場所についた上に猫も見失ってしまったので休憩していたのだとか。
……俺の記憶が間違っていなければ、骸の出会うきっかけになった大事故も猫が原因だったはずなんだが。
「猫が好きなんだな」
「うん」
買い物ついでに黒猫のストラップを買ってあげたのは別の話。この歳で盛り上がりながら折り紙を買ったせいで周りに訝しげな目を向けられたのも別の話。
改めて家に帰ってきた俺たちは、早速折り紙を小さく切り分け始めた。まずはどこまで小さい正方形を作れるかが問題になるから器用さが問われる。と思っていたのは杞憂で、凪がめちゃくちゃ器用だった。正直に言って、ピンセットを使って折ろうと思っていた鶴も、凪は何も使わずにサクサク折っていくのは衝撃的だった。
作業開始から数時間、気づけば夕暮れ時になっていた。目の前には大量のミニ鶴。もうカオス。
「数えんのはさすがに後でにしよう……」
「作りながら数えれば良かったね」
「それな」
特に金を浪費しない、やたらと時間だけを消費した一日になったな。なんなんだこれほんと。
「記念に何個か持ち帰るか?」
「え……」
「ごめん冗談。邪魔だよな」
アホだな俺。いろんな意味で。
「本当にありがとな、今日初めてあったってのにさ。よければ黒曜まで送るよ」
「いいの?」
「ああ。迷い込んだんなら並盛の道はわかんねえだろ? それに途中で黒猫でも追っかけて交通事故にでも遭われたら心臓に悪い」
「……そうだね」
意外と自覚あるっぽい。しゅんとしないで、そんな姿も可愛いけど。可愛いんだけど!
「家って黒曜のどの辺?」
「えっと、黒曜ランドって知ってる?」
めっちゃ知ってる。
「その先に大きい病院があって、その近く」
旧国道沿いかよ。てか黒曜ランド近いのかよ。色々と辛いな。骸が来るまであと1年以上あるとはいえ笑うぞ。これは辛い。まあ、超安全圏から拝めるタイミングとして喜ぼう。
「んじゃ、家まで送るわ」
必要最低限のものだけ持って家を出た。風紀委員の見回りのおかげで並盛内はもちろん、黒曜までの経路は殆ど把握している。それに加えて黒曜ランドと来た。旧国道沿いっていう確定情報もある。そう簡単に迷子にはならんだろ。
結論から言うと、何事もなく黒曜ランド前までやって来れた。正式名称、複合娯楽施設・黒曜ヘルシーランド。思っていた以上に敷地が広い。
「凪はここに来たことあるのか?」
「ない……と思う。お父さんもお母さんも、ずっと忙しいから」
「そっか」
確か凪の親って、母親が女優で父親が社長だっけか。
……待てよ。俺って今からその家に行くんだよな? 送っていくだけ、玄関先まで、とは言ってもお嬢様の家に行くんだよな? ていうか家の電話番号もらっちゃったよな!?
やべえ、一気に心臓が痛くなってきた。
「行くか。もうすぐ暗くなっちまうからな」
「うん。私の家はこっち」
凪の案内でさらに歩を進める。黒曜ランドが見えなくなった頃に、今度は大病院が見えてきた。その前を通りすぎると、でかい家が目に入った。
これか。三千院家はこれか。例の三千院家に比べたらもちろんずっと小さいが、一般家庭に比べたら比べ物にならないほどでかい。今度、三千院って名字の女優で検索しよう。
「要、ここで大丈夫。ありがとう」
「おう。じゃあ、また暇な時にでも」
「うん」
こうして、楽しく長い一日が幕を閉じた。
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