19、『親友の証』

夏休みも明けて間もない休日。現在、特に風紀委員の方で呼び出されることもなくやることもなしに暇人である俺は、並盛商店街へとやって来ていた。隣にあるのは夏休みにできた友達、三千院凪の姿。

まずは、何がどういう経緯でこの状況に至ったのかを話すことにしよう。始まりは、昨日の夜まで遡る。

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それは日付が変わるかどうかの時間帯のこと、パソコンを使って、巷で話題のフリーホラーゲームを遊んでいた俺の元に、一件の着信が入った。こんな時間に誰だよ、と不思議に思いながら携帯を開いてみれば、なんということか、凪からだった。

「もしもし!?」

半分くらい叫びになったのは勘弁して欲しい。だってこんな時間に凪から電話なんだもん。

「あ、ごめんね要、起こしちゃった? こんな時間にごめんね」
「いや、ずっと起きてた。こんな時間にって、ホントにどうした。親に怒られねえのかよ」
「大丈夫、お父さんもお母さんも寝てる」

寝てる隙に電話してきたってか。漫画読んでても思ったけど、凪ってとんでもないところですごい根性見せるよな。どこにって、いろんなとこに。猫を助けるのに道路に飛び出したり、骸に対等に見てほしくて幻覚の内臓拒否ったり。後者とか普通そんな考えに至らないわ。

「あのね、要、いきなりなんだけど、明日、暇かな……? 明日って言うか、もう今日なんだけど……。もし良かったら、一緒に買い物に行きたいなって、思って」
「なんの支障もなく暇人です喜んで俺は同行します」

ごめんちょっと壊れた。気にしないで。

「良かった、嬉しい。えっと……それじゃあ、11時に並盛商店街の北口……で、合ってる?」
「うん合ってる。北口ね、了解」

わーい、凪とお出かけだわーい。てか、凪って意外と遅くまで起きてることに驚きだった。

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そんなこんなで翌日もとい今日。私服の凪はやっぱり可愛い。真っ白のワンピースというかなりシンプルな格好だけど可愛い。初めて会った日もそうだけどめっちゃ可愛い。それでもって原作では殆ど見ることの出来ないセミロング凪がとてつもなく最高。大事にしよう、うん。

「要、なにか買いたいものとかある?」

不意にそう凪が問いかけてくる。

「いやあ、俺は特にないかな。服もそんなに買う方じゃねえし、食材も今は大丈夫だし。ま、そういう凪こそ、買いたいもんがあるから俺のこと誘ったんじゃねえの?」

今度は俺が問いかける。すると凪は、どうして分かったの……? とでも言いたげに、ぽかんとした表情を見せた。いや、あんな時間に電話をかけてまで誘ってきた時点で普通に分かるから。

「うん、あのね、実は、前に並盛に来た時に見つけて、それで、要と一緒に買えたらいいなって思ってて……」

恥ずかしそうに俯く凪に袖を引かれて、俺はされるがままにそのあとをついて行った。歩くこと数分、着いたのは商店街の隅に位置する場所だった。

俺と凪が出会ってから、そう経っていない。あの時、凪は並盛に迷い込み、右も左も分からずにあの公園にいた。てっきり並盛に来たのは初めてだと思っていたんだけど、違うのか? それとも、あれから何度も足を運んだんだろうか。

「ここ……。お気に入りのお店」

いや、本当に凪は何度ここに来たんだろうか……。

目の前に佇んでいるのは小綺麗な店舗。あろうことか、俺が苦手意識をしている可愛い系専門店、いわゆるファンシーショップだった。

……うん。まさか俺じゃあるまいしクール系の店に行くことは一切思ってなかったし期待もしてなかった。そもそも俺は凪に趣味の範囲や苦手意識の範囲を一切伝えていないのだから、俺と真逆とも言えようTHE女の子である彼女の向かう場所がこうであるべきなのだ。

でも、うん、もうちょい違うお店を予想してたし期待してた。本当にごめん。

「こういうお店、嫌いだった……? あの、ごめんね」
「苦手っちゃ苦手なんだけど、凪が謝るようなことはないだろ。それにせっかく誘ってくれたんだからことわる理由もねえぞ」
「ありがとう。やっぱり要は優しいね」

真横にいる女神からの好感度を上げたいんです。なんて言ったらあらゆる方面からぶっ叩かれそうだから大人しく黙っていよう。

俺は!! 単純に!! クローム髑髏が!! しいては凪が!! 大好きなんです!!

……ふう、落ち着こう。いくらクロームクラスタでしかも隣に本人がいるとしても落ち着こう。落ち着け。

からん、という乾いた音が俺たちを出迎える。やはりというか、内装カラーはピンクやオレンジなどが多い。なんていうか、笹川とか三浦ハルとかが喜んで楽しんで遊びに来てそう。なんとなく目に浮かぶ。

そんな中で凪が見せてくれたものは――。

「ペンダント?」

ハートの形をした、2つで一対となるペンダント。1つは大きなペンダント。ハート型の枠組みのようなものだ。もう1つは小さなペンダント。対してただハート型のプレートに見える。どちらにも、小さな淡いピンク色の石がはめ込んである。この2つを重ね合わせると、1つの大きなハートができあがる、そんな装飾品アクセサリー

「これを見つけた時にね、要のことを思い出したの。ずっと一人ぼっちで寂しかった私の心を埋めてくれた、やっとできた、大切な友達」

儚げに微笑む横顔が目に映る。

「それは違う。……違うよ」
「……要?」

思わず口をついて出たのは否定の言葉だった。

「埋めたのは俺じゃない。あの時、俺は求めてたんだ。こうして気兼ねなく話せて、笑いあえて……そんな友達ひとが欲しくて。だからとっさに声をかけて……」
「要が話しかけてくれなかったら、私は一人のままだった」
「だけど」

藍色の瞳が俺を見上げた。さっきまでの儚さはどこにもない。芯の強い、意志に満ちた眼差し。次になんて言葉を続けようとしていたのか、忘れてしまった。

だから俺は、一度、わざとらしく大きく息を吐いた。

「わぁった、この言い合いは不毛だ。これを買う、以上!」

凪の掌に乗っていたペンダントを半ば奪うようにして手に取る。

「んじゃ、俺が払っとくから〜。まあ気にすんな!」
「要!?」

追いかけてくる凪を気にせずそのままレジに向かい、自分も払うからと声を張るのも気にせず支払いを済ませた。大きい方が俺で、小さい方が凪。そう決めてお互いの手に置いた。

その後も、何かを買うことは無かったがいろんなお店を見て回り、いつの間にか人通りは少なくなり、やがて5時を告げるチャイムが鳴り出した。

夏休みが終わったとは言え、まだまだ日は長い。夕焼けに染まるにはまだ早い時間なのだが、どうも三千院家は門限が厳しいらしい。なにより黒曜から来てるのだからそう遅くまでは遊んでいられない。

「今日は誘ってくれてありがとな。あと、夜は寝ろ」
「ううん。こっちこそ来てくれてありがとう。要だって起きてた」
「おっしゃる通り」

あの店で買ったペンダントを取り出して、掌に置く。

「これ、肌身離さず持ってるよ。親友の証にさ」
「親友……。嬉しい!」

別れを惜しむ凪の表情がぱあっと明るくなる。ああ可愛い。とても可愛い。

「それじゃ」
「また送ってこうか?」
「ううん、大丈夫。来る時も大丈夫だったよ」
「そか」

じゃあね、と言って凪が走り出す。

「黒猫に気をつけろよー」

商店街の入り口から、その後ろ姿が見えなくなるまで見送る。手の中にあるペンダントを、普段からつけているチョーカーと重ねてつけた。ああ、また校則違反とか言って恭に文句言われんだろうな。知ったこっちゃないけど。

青い石のはまった金色の十字架ロザリオと、ピンクの石のはまったハート。本当なら相容れることのない2つは、どちらも“親友”からの初めてのプレゼント。お揃いの、プレゼント。

本当なら相容れることのないはずの、大切な親友たち。

「もしお前が生きていてくれたなら。もしお前が今でも隣にいてくれたなら。俺は、俺の人生は、もっとちゃんとした、みんなと同じものになっていたのかな。なあ、彩加」

胸元を彩る装飾品アクセサリーが、優しく太陽の光を反射させた。

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