21、『なんで呼ばれた?』

「要、仕事だよ」

始まりはその一言だった。

「仕事? また書類整理でもやんの?」
「違うよ。いいからついてきて」

それは何でもない休日のこと。特にすることもなく暇だったために草壁さんとお喋りをしようと思い応接室へと赴いた俺だったのだが、入室した途端に『丁度いいカモが来た』とでも言わんばかりの口調で告げられたのが冒頭の言葉である。

断るのもあまりに面倒で、そもそも断る理由がどこにもなかった暇人たる俺は、渋々ながらに、応接室を出ていく恭の後をついていった。果たしてなんの仕事だというのか。書類の仕分けしか任されたことのない俺に今更何をさせようというのだろうか。

校舎を出て、駐車場を通り、そして――。

「後ろに乗って」

バイクの後部座席に乗れと命令された。ごめんちょっと意味がわからない。

「免許は」
「僕を誰だと思ってるの」
「ヘルメットは」
「僕が事故を起こすとでも?」
「……バイク乗ったことない」
「後に乗るだけなんだから関係ないでしょ」

ねえ何が起きてるの。何でこんなことになってるの。なんで委員長様の運転するバイクの後部座席にノーヘルで乗ってんのお!? しかも意外と安全運転しやがるしこいつ! ちゃっかり風紀乱してないんだけどこいつ!?

混乱に混乱を重ねたせいで乗り物酔いを起こしかけそうになっていたその時、とある家の前でバイクが止まった。

「え、ここって……」

そこは、幸か不幸か(どう考えても不幸で)、よりにもよって、俺の家のすぐ近く、つまるところ沢田綱吉の家の前だった。

呆気にとられている俺を放置した恭は、塀や突起物を利用してさも当たり前かのように軽々と2階の部屋の窓へと飛び移ってしまった。……全くもってあいつの身体能力が理解できない。

ていうか待て。バイクで沢田家に登場かつ2階の部屋の窓へ飛び移って「やあ、赤ん坊」って、まさかこれって……モレッティなう?

「俺、なんで呼ばれた?」

これには流石に呆然とするしかない。むしろ帰りたい。数歩進めば愛しの我が家ぞ?

「待てヒバリ!」

獄寺の怒鳴り声が聞こえて視線を上に向けると、窓から飛び降りてくる恭の姿と、追うように降り注いでくる大量のダイナマイトがあった。

「死に急ぐなよ」

しかしながらそれはトンファーにより全て打ち返され、無惨にも沢田の部屋で大爆発を起こす結果となった。そしてこの間ずっと、俺はアウェーである。何一つとして干渉することなく、目の前で原作が展開しそして収束しているのである。今まで望んでいた光景ではあるけれど、何か違う。そうじゃない。

「ねえ、なぜに俺を呼んだ? そしてどういう状況」

アウェーすぎてブレスレットを使った訳でもなしに存在を抹消されそうだったもんで思わず恭にツッコミを入れた。てかお前もう帰る気満々かよ。

「死人が出たから処理してほしいってこの前の赤ん坊から頼まれてね、貸しを作るのもいいと思っただけだよ。君を連れてきたのは、そろそろこういう仕事にも慣れてもらおうと思ってね」
「ごめんちょっと意味がわからない」
「それとも死体の処理、君がやるかい?」
「んな物騒な仕事ゴメンだ!!」

マジで家に帰りたい。帰っていい? マジで。

「僕は学校に戻るけど、君は?」
「家すぐそこなんで帰っていいスか……」
「あっそう」

わーい、帰れる……。

ノーヘル委員長様をその場で見送り、なんとなく上を見た。そして後悔した。

「霜月さん!?」

沢田と目が合った。何故だ。どうしてお前がこのタイミングで窓の外を覗くんだ。原作でいえば疲れきって腰が抜けてるんじゃなかったのか貴様は。

「よっ要!」
「チッ……なんでオメーがいるんだよ」
「あら、こんにちは」

ぞろぞろと窓から顔を出す面々に対してさぞかし俺は死んだ眼差しをしていることだろう。長谷川がいることにさえいつもの嫌悪感を出すことすら面倒になる。

「要も来いよ! 今おもしれーおっさん来てるぜ!」
「……いや、お断りしておく。恭のバイクで酔ってて気持ち悪い」
「えっ、霜月さんも一緒だったの!?」

このうるさい沢田の声にツッコミを入れるほどの気力もないとは、我ながら哀しきかな。

「ところで、恭から死人がどうのこうのって聞いたんだけど」
「げっ! まさか霜月さんが死体処理すんのー!?」
「しねえわバカ」

死んでも俺は一般人だ。どれだけ風紀委員が外道だろうとどれだけこいつらに巻き込まれようと一般人を貫いてやる。黒川のように。

ホントすげえよ、あいつは。うん。

「あ、それで死体のことは気にしないで! なんでもないから!」
「大丈夫、初めから気にしてない」

じゃあなんで聞いた!? とでもツッコミを入れたそうな上の雰囲気なんか知ったことじゃない。本当にモレッティ回だったのか気になっただけだ。

というか、正直に言ってモレッティへの興味はほとんどない。今回は実際に沢田の部屋に居合わせなけりゃ遭遇できないイベントだし、今後の活躍といえばリング争奪戦の裏でCEDEFを助けている程度だ。こっちに関してもイタリアに行かなきゃ見れっこないし、だったら俺はリング争奪戦を見たい。傍観不能キャラへの興味はそうそうに上がらないもんだ。

それでも確認をしたのは、前に銀が言っていた『原作と大きくずれた』のがどのくらいの範囲なのか気になったから。沢田の周りじゃ似たり寄ったりな事象が頻発してそうだし、その上本当にモレッティ回じゃなかった場合、俺がここに連れてこられた理由が冗談抜きで謎すぎる。

「まあ、そう言わずに上がってこい霜月」

そして当たり前のように茶々を入れてくるリボーン。お前だよ。俺がそこに行きたくない理由1位がお前だよ。自覚しろ。

「嫌だと言ったら?」
「無理矢理連れ込む」
「世間一般ではそれを拉致というんだよ」

……まったく。

「ちょっと待ってろ。着替えてくる」
「えっ!?」

†‡†‡†‡†‡†‡

モレッティなんて人によるお騒がせ事件から数分後、今度は霜月さんの登場によってまた騒がしくなった。登場、といっても本人曰く雲雀さんに連れてこられてそのまま放置されただけらしいんだけど。

「着替えてくる」

そう言って家に帰った姿を見て、驚きの声を上げざるを得なかった。

「霜月さんが、折れた……!?」
「これは少し、いえ、とても意外ですね」

とんでもなく驚いているのはやちるちゃんも同じだった。霜月さんだって、今ここにやちるちゃんと獄寺くんがいることは承知しているはずだ。それなのに、よりによってリボーンからの呼びかけに応えた。

呆然としているのも束の間、爆発によってメチャクチャになってしまった部屋を慌てて片付けた。もちろん張本人である獄寺くんや、ずっといたハルや山本、それにやちるちゃんも手伝ってくれた。ただ、あのモレッティって人はいつの間にかいなくなっていた。

不意に、下からガシャン! という大きな音がして、それから私服の霜月さんが現れた。

「なあ、下で変なおっさんに絡まれたんだけど、何あれ」
「えっ?」
「顔合わせた瞬間に飛びつかれたから反射で回し蹴りかましたんだけど……」
「まさかシャマルー!?」

何してんのあの人!? 霜月さんまで守備範囲入っちゃってんのー!?

「え、えっと、何もなかった……?」
「だから回し蹴りしたって。反射だったからめちゃくちゃ強く入ったかも」

んなー!? やっぱこの人やべえ!

「全く、せっかく来てやったってのに大した歓迎だぜ」

うわあ、いつもながら不機嫌だ……。

「けど、なんで来てくれたんですか? その……リボーンに呼ばれたのに」
「ただの気まぐれだ。どうせ家にいてもやることない暇人だしな。けど、勘違いすんなよ、俺はボンゴレの馴れ合いに混ざるつもりは少しもないからな。今日は“偶然”クラスメイトに声をかけられただけだ」
「ははっ、要らしいな」

……呑気に笑い声をあげられる山本が羨ましいよ。俺なんていつどこでこの人の機嫌を損ねやしないかってヒヤヒヤしてるってのに。

「霜月さん、クラスメイトという理由で誘いに応じてくれるのでしたら、もう少し普段の接し方を」
「それは無理。なんか無理。チビ介が絡んでくるから普通に無理」
「めっちゃ本音!」

なんとなく知ってた! そんな気がしてた! だってリボーンが来てからあからさまに素っ気なくなったし!!

できることなら俺だって山本みたいに霜月さんと仲良くなりたいし、どうすれば同じように接してくれるかわからないし、そもそもなんで山本とだけ仲がいいのか謎でしかないし。

「てかさ、呼ばれたわりには特になんもねえのな。やっぱ帰りたい」
「まーまーそういうなって。せっかく来たんだしさ」

その結果がこうなってるんだよ、と霜月さんは不機嫌に言った。俺としてはどうにかして霜月さんと会話したいって気持ちがあるんだけど、リボーンのせいでうまくいかないし、話題もうまく見つけられないし、どうすればいいんだろう。

……あ、そういえば確か。

「ちょっと母さんに聞いてくる」
「え、何を!?」

思わず部屋を飛び出してリビングにいるはずの母さんの所へと向かう。

「あら、どうしたの?」
「母さん、昨日チーズケーキ買ったって言ってなかったっけ。今、霜月さん来てる!」

俺が思い出したのは霜月さんの大好物のこと。無類のチーズケーキ好きだってことは、少なくともうちのクラスじゃ有名な話だ。京子ちゃんと買ってるのを見ただの、応接室で食べてるのを見ただの、甘いものが苦手だと言っていた割での行動だからすぐに知れ渡った。初めは単なる噂だったけど、夏休みに差し入れとして高級品を持ってきた時に確信した。

母さんが出してくれたチーズケーキを、ジュースと一緒に部屋に持っていった。ケーキを見た瞬間に霜月さんの目が今まで見たことないほどに輝いていたのは俺だけの秘密。ついでに言うと、やちるちゃんが急いで霜月さんの好物をメモしていたのも見逃さなかった。

「はあ、また奈々さんになにかお礼しないとな……」

そう呟く彼女は、恐らくは幸福感によって完全に表情が緩んでいた。意外な一面を見られたのは嬉しいけど、普段は絶対にここまで気を許したものは見れないことを思い出すと、なんだか悔しくなった。

リボーンさえいなければ。

マフィアというものに巻き込まれること以外で、俺は初めてリボーンのことが憎らしくなってしまった。

でもきっと、これは誰かのせいにできることではないんだと思う。ただただ相性の問題で、霜月さんに限って苦手な範囲がとても広いだけで。……俺自身も、その範囲にいるのかもしれないけれど。

束の間の幸せを、永遠にしたいと、そう思った。

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