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目の前に広がるこの光景はなんだろう。知っているような、知らないような、見たいような、見たくないような。あまりにも現実味がなくて、まるで、夢か物語でも見ているのではないかと、そんなことを言いたくなる気分にでもなりそうな景色だ。

視界の先には、赤い、真っ赤で、真っ黒な海が広がる。つい先ほどまで動いていたはずの、今やただの肉塊と成り果ててしまった、大切な人だったものが海に沈んでいる。そこから流れ出るものが海に混じり、じわりじわりと海の大きさを広げていく。一緒に這い出てくるうねうねとした粘着性のあるものが蠢き、海の中を漂っていく。そんな異常で異様で気持ちの悪い光景を眺めている自分自身も、真っ赤で、真っ黒だ。

鉄が錆びたような臭いがねっとりと鼻をつく。顔をしかめるほどの不快感が、燻りながら広がる。生ゴミが腐ったような臭いまで混じり、吐き気が催される。1秒でも早くここから立ち去りたい気持ちが心を満たしているというのに、身体がまったく言うことを聞いてくれずに、どういう訳かその場に留まり続けてしまう。

そう言えば、自分は一体ここで何をしているのだろうかと、ここまで来てようやく頭が思い至る。五感だけならまだしも、第六感にまで不快を与えてくるこの場に立ち尽くして、一体何をしているのだろう。

ふと、誰かの呼ぶ声がかすかに聞こえた気がする。自分の名前を呼ぶ声が確かに聞こえた気がする。いったいどこから聞こえるのだろう。
とても懐かしい声だと思うのと同時に、全く知らない声だとも思う。はて、いったい誰の声なのだろう。

姿の見えない声が近づいてくる。少しずつ、少しずつ、自分の方に向かって近づいてくる。赤黒く醜く染まった世界の中で、美しく儚い純白の雪を思わせるような声が近づいてくる。
少し、また少し。姿はまだ見えない。少し、また少し。

「――――」

真後ろから聞こえた。名前を呼ぶ声が聞こえた。
ゆっくり、静かに、振り返る。
そこにいたのは――。

懐かしい笑顔が見えた気がした。愛おしい笑顔が見えた気がした。儚くて美しい笑顔が見えた気がした。
だけれどそれが誰なのかわからなくて、思い出そうとして、思い出せなくて、辛くて、苦しくて、脳みそをぐちゃぐちゃにかき混ぜられたかのように思考がまとまらなくて、ぐるぐると世界が回っているような感覚に陥って、何が何だかわからなくなってしまって。

そして

視界が紅く染まったきり、全てが闇の中に溶けて消え去った。

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