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電車とバスを乗り継ぐこと数時間。遂に並盛の地に到着した。入院している間に手続きを済ませた家に向かうために、地図とスーツケースを手に町を歩きだした。
事故のケガはそれなりのもので、完治するまでに数ヶ月の期間を要した。おかげでとっくに3月には突入しているし、入院期間が長すぎて退屈で死にそうになるしでいいことはなかった。まあ、院長がたまに見舞いに来てくれたり、学院支給のパソコンを無償で俺にくれたりと、ちょっとはましだった。
ここ並盛の、特に俺の家の立地はなかなかにいい場所のようだ。歩いて3分の場所に並盛中学校、家の近くには手軽にご飯を済ませることのできる店がある(と、購入した時のネットページに書いてあった)など、生活に苦もない。
「へぇ、すごい」
たどり着いた先にあるのは立派な一軒家だった。確か新築だと書いてあった気がする。何でアパートを借りるのではなく普通の家を買ってしまったのかというと、ただ何となく。ずっと寮生活だったのもあって、広々とした暮らしに憧れていたせいかもしれない。
ふと、家を囲むブロック塀に何かついていることに気が付いた。黒い石板に白く『霜月』と彫り込まれたそれは、どこからどう見てもネームプレートだ。
……細かいな。
「やばいよ、遅刻する!」
「ツっ君行ってらっしゃ~い」
かなり近いところからそんな会話が聞こえてきて、なんとなくそちらに顔を向ける。なんというか、どこかで聞いたことのある気がする声だな。
考え込む間もなく、隣の家から人が飛び出してきた。まず目についたのがすすき色の髪で――――そこまで見て、俺とそいつは正面衝突を起こした。向こうはどれだけ急いでいたのやら、勢いに負けてよろめき、しりもちをついてしまった。どうやらそれは相手も同じようで、「いってぇ!」と大きい声を上げていた。
「うわっ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
「そんな大声出さなくても聞こえてる……大丈夫」
若干痛いお尻をさすりながら立ち上がり、改めてぶつかってきた相手を見る。すすき色の髪、琥珀色の瞳……って、あれ? こいつ、まさか……。
「本当にごめんなさい! あ、あの俺急いでるので失礼します!」
急いで立ち上がり、一礼してから慌ただしく走り去ったそいつの後姿を呆然と見送る。視線を戻すと、足元に小さい冊子が落ちていた。拾ってみるとどうやら生徒手帳のようで、開いてみる。
――やっぱりな。心の中でため息をついた。中身はさっきの彼のもので、ちゃんと『沢田綱吉』と書いてあった。
服についた土を払いながら改めて自分の家を見る。目の前に建っている家。沢田綱吉はここの隣の家から飛び出してきた。視線を横に滑らせる。今度は本当にため息をついてしまった。
そこには、アニメでも漫画でもよく見た一軒家が建っていたのだった。
「嘘だろ……沢田の家、お隣さんかよ……」
向かい三軒両隣、という言葉が頭をよぎる。引っ越し挨拶にあたっての決まり文句であり、ここに挨拶をしておけば失礼もない、なんて言われた範囲のことだ。もちろん俺だってそのつもりで粗品を用意してある。だが、まさかこのリボーンの世界においての主人公である沢田綱吉の家が隣に存在しているとは誰が思おうか。
いや、もし隣じゃなかったとしても沢田の生徒手帳が手元にある時点で届けに行くという行為のもとに接触不可避なわけで。……どうしてこうなった。唯一の救いがあるとすれば、まだ原作前、つまりはまだリボーンが来ていないということ。もしいようものなら入江正一の二の舞になることは目に見えている。
とにもかくにも、いつまでもこうしているわけにもいかない。というわけで俺はいったん家の中に入ることにした。
この家の構造はどうもほかの家とはだいぶ違うらしい。というのも、玄関が特殊なのだ。一般的には玄関の前は廊下で、その両脇に部屋への扉があったり真っすぐ階段に行ける(はず)だ。それに対してここは玄関という名の個室ともいえる。家に入って、靴を脱いで、ドアを開けてようやく家の中、といった感じだ。
ドアの向こうにあるのは廊下ではなくリビング。入って正面にはリビングの奥にある和室への襖、右にダイニングその奥にキッチンといったところか。
ダイニングからようやく階段があって、素通りした先に洗面脱衣所と風呂、少し逸れてトイレ。その場から和室へと抜ける小さな扉もある。どうやら1階は一周できるらしい。
2階は簡単に言えば、東西南北に1室ずつ(ただし西側は和室)ある。つまるところ、この家は5LDKのがっつりファミリー用の一戸建てだった。
何でこんなところ買ったよ俺……。一人暮らし……一人暮らし……。隣が沢田家というのも相まって涙が出そうだ。今の俺を癒してくれるのは初めからオプションでついてきたシックにそろえられた家具たちだけだ。……余計に悲しいな。
「んーと、荷物はっと……」
先に業者に運び込んでもらっていた荷物の中から引っ越し挨拶用の粗品を引っ張り出す。
「まあ……奈々さんに会えるだけラッキーとするか」
キャラと関わらない以上はお目にかけることも滅多にない人物なわけだし。そうポジティブに考えることで、行き場のない悲しみを払うことにした。一種の現実逃避だなんて認めない。
家を出て、深呼吸をしてから沢田家に向かう。インターホンを押すと使い込まれた音が響き、続いて奈々さんの返事が聞こえた。
「はい、どちら様でしょう」
うわ、美人だ。リアル奈々さんめちゃくちゃ美人だ。柄にもなくはしゃぎそうになった。
「本日より隣に越してきました、霜月というものです。引っ越しの挨拶に伺いました。こちらつまらないものですがどうぞ」
決まり文句を丁寧に並べて紙袋を渡す。え、中身? 洗剤ですが何か。
「それと、これなんですが……こちらの家の人が落としてしまったものだと思うのですが……」
紙袋ついでに沢田の生徒手帳も渡した。
「まあツっ君たら! 今日卒業式だから忘れ物できないって言ってたのに、もう。届けてくれてありがとう」
「いえ……」
落としたのは多分自分のせいですから……とはさすがに言えなかった。
「そうだわ、霜月さん。よかったら上がっていかない?」
「……はい?」
†‡†‡†‡†‡†‡
あれ? 何でこんなことになってるんだ?
ご近所付き合いの一環だとかって話になって奈々さんに促されるままに家に上がり込んだまではよかった。家には奈々さんしかいなくて、一緒にお茶をして世間話をしていた。俺が一人暮らしってことを話したら、じゃあ買い物に慣れておこう、なんて話になって、連れられるままにスーパーまでやってきてしまった。……何故だ!?
「それじゃあ要ちゃんも春から中学生なのね。ツっ君と同い年の子が隣でよかったわ」
「は、はあ……」
「でもその歳で一人暮らしってすごいわね。大変だと思うし、困ったことがあったら何でも相談してね」
正直に言って、この人はすごすぎる。何がすごいって、どこに行っても浮きっぱなしだった俺の容姿について何も言わないし、それどころか男と認識されやすい俺のことを一発で女だと認識したこと。
よくいろんな話で、ママンの心は広いだとかいうけど、そういう次元の話ではないと思う。
そんな雑談をしながらお互い夕飯の食材や総菜などを買っていく。夕飯も一緒にどうかと誘われたが、片付けが終わっていないからと丁重にお断りした。
買い物の後はこれまた何故か近くのカフェで一緒にランチを食べて、並盛商店街を案内してもらって、お馴染みあのケーキ屋でチーズケーキを買って、などと(一応)平日の日中を過ごした。奈々さんも満足したようで、家に帰ってきたときには夕方になってしまっていた。
「あの……今日はいろいろとありがとうございました」
「いいのよ。お隣同士、これからもよろしくね」
ごめんなさい、最低でもリボーンが来てからは多分会えないです。そんな言葉を言うわけにもいかず、苦笑いでごまかした。
「母さんやっと帰ってきた! 卒業式に来ないでどこに行ってたんだよ!」
ガチャッという音と沢田の声が聞こえてきた。2人同時にそちらを向くと、家の中から沢田が走り出てきた。なんかマズイ予感。
「あ、あれっ? 今朝の人と母さんが何で一緒にいるの? ていうか母さん俺の生徒手帳知らない?! 持ってたはずなのに学校に行ったらなくてすっげー先生に怒られたんだけど!」
……ひとつ言ってもいいだろうか。声デカすぎてうるさい。どこからそんな声量が出てくるんだ。
「生徒手帳、ツっ君が落としたのをこの子が拾って届けてくれたのよ。ね、要ちゃん」
「……」
俺に話を振らないで。
「隣に越してきた霜月です。並中に入学するんで……」
「え、そうなの!?」
控えめに一応挨拶をしたらでかい声で返された。やっぱりうるさい。原作キャラだから、という理由じゃなくて、うるさいから、という理由で仲良くできない気がする。
「でも、並中に入るためにわざわざ越してきたの? 珍しいよね」
「前に通ってた学校の校長からの紹介で」
「へえ、そうなんだ! でも同い年の人が隣だなんて嬉しいな!」
お前それ奈々さんと同じこと言ってるぞ。さすがは親子ということか。……って、おい。原作キャラとはかかわらないで傍観するんじゃなかったのか。すでにフラグが乱立しているからやめてくれよ。
まさかとは思うけど銀の仕業だったとしたらあいつを潰す。
「えと、あの、じゃあ入学式で」
これ以上変なフラグを立てられる前に帰ることにした。一礼してからダッシュで自分の家へ。閉じた扉に背を預けて、思わず息をつく。危ない、本当に危ない。
ふと、玄関に靴が一式そろえてあるのが目に入った。俺のじゃない。……そういえば鍵をかけないで出かけていたのを思い出した。冷や汗が出るのが分かった。強盗か何かだろうか。でもそんな奴が靴をきれいに揃えておくだろうか。嫌な記憶が蘇りそうになるのを理性で押さえつけて、リビングに通じるドアを開けた。そこには――
ちゃっかりお茶を飲んでくつろいでいる銀の姿があった。
「お 前 か ああああああああああああああああ!!!!」
渾身の飛び蹴りをお見舞いしてやった。その勢いで銀は後方に吹っ飛んで――――ということはなく、クリーンヒットした顔を押さえてぶっ倒れただけだった。
チッ、さすがに漫画やアニメみたいな展開にはならなかったか。
「いってえなあ、何すんだよ!」
「こっちの台詞だ馬鹿野郎! なに人ん家で勝手にくつろいでんだ!」
「だって鍵開いてただだだだだだ指潰れる指、ゆびぃっ!!」
「それで勝手に入る奴がどこにいんだよ、あぁ?」
爪先で銀の手の指をぐりぐりと踏みにじる。不法侵入者め、このまま警察に突き出してやろうか。弁解するのに神様とか名乗って白い目で見られやがれ。
「ったく、せっかくこれからのことについて話しに来たってのに」
「はあ?」
これからのことって、リボーンの原作に入ることか? てかその前にまず普通に並中生活についてだよな……。その辺のことって銀は干渉してくんのかな。
「えっと、まずは渡すもんがいくつかある。まずはこれ」
そういって差し出されたのは飴っぽい何か。というか絶対に飴だよな。この見た目で飴じゃない言われたら逆に驚くからな。
包み紙を開いてみると、アメリカンカラーよろしくな食欲を失せさせるのに抜群に適している真っ青な飴。
……飴なのは飴なんだけど何だよこれ阿保なのかこれ食べろってかつかこれどっからどう見てもメルモちゃんの飴なんじゃねえの大丈夫か食べたら年齢変わるとかそんなことない!?
「お前って世代古いよなー……」
「言うな! 母さんから教えてもらっただけだからな! 俺が見てたわけじゃないからな!」
「あー、はいはいわかってるって。とにかくその飴食って。じゃないと能力付加をしたことにならなくてな」
「何それめんどくさ」
「それと、噛み砕いてな。そういうシステムなんだ」
「何それめんどくさ」
ともかく口に放り込む。うん、まさかの無味無臭。こんな飴を食べたのは人生で初めてだよクソマズイ。しかも噛み砕けと言われた割にものすごく硬くて嚙める気がしない。何で舐めちゃダメなのVC3000のど飴なの?
「だからわかりづらいネタを使うなよ」
「お前は俺の内心を読むなよ」
何とか力を込めて噛み砕くことに成功したからお茶で流し込むことにした。あれ、お茶なんてあったっけ。ああそうだ、銀の飲みかけの奴だ。まあいっか。
「はいお疲れさま。次はこれ」
次に銀が取り出したのはブレスレットっぽい何か。翡翠色と透明な石が交互に連なった磁気ブレスレットみたいなやつ。例えがババ臭いとかいうな。
で、何これ。
「能力補助ブレスレット。さっきの飴でお前に付与されたのは、転生前にお前が望んだ分だけだ。だがこれを使えばその力を何倍にも引き上げることができるんだ。ただし体に負担がかかるから多用はするなよ? あくまで補助だ」
その他にも特典レベルの補助機能があれこれとあるらしいが、それは使ってみればわかるとのこと。使い方についてツッコミを入れると、それも使うときに自然と分かるようになっているとのこと。なんだそりゃ。とりあえず明日あたりに試してみるか。
「んで、最後はこれ。ないと辛いだろうと思って、上に掛け合ってきた」
「……っ、それ……」
取り出されたものを見て、息が詰まった。
「本来なら前世のものをそのまま持ってくるのは禁止なんだけどな……前世のお前と今のお前を見て、俺が必要だと判断したんだ。だから、交渉してきた」
青い石のはめ込まれた金色のロザリオが付いた、真っ黒なチョーカー。前世で出会った唯一無二の親友からもらった、この世界で出会うことのできなかった大切な人からもらった、大切で大事な宝物。
半ば奪うような形で受け取り、すぐに装着した。同時に、嬉しさや悲しさ、淋しさ、いろんな感情が一気にこみあげてきた。
「彩加……」
無意識に呟いたその名前は、たとえ何年、何十年経ったとしても忘れないだろう。それくらい俺の人生には欠かせない人だった。だったのに……どうして会えなかったんだろう。前世と何一つ変わらないこの人生の中で……。
「宝物、か……」
「え?」
ぼそりと呟かれた声に顔を上げると、銀が俺のチョーカーを見つめていた。気のせいだろうか、すごく悲しい目をしている。
「よく思い出せないんだけど、俺にもそんな存在があったような気がするんだよな。ずっと、ずっと昔に」
「……銀?」
「っあ、すまん。変なこと言っちまったな。忘れてくれ」
ぎこちなく笑う笑顔に、心がチクリと痛んだ。なんだ、これ……。前にもこんな感覚になったことがある気がする……。いつ、どこで……?
ふいに脳裏をよぎったのは、転生する直前に見た銀の微笑み。温かくて、懐かしくて、悲しくなる笑顔。
どうして、どうして? 銀の何が俺にそんな思いを抱かせるんだ? どうしてお前を見ていると胸が苦しくなるんだ? お前は一体、誰なんだ……?
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