4、『入学おめでとうございます』

『新入生の皆さん、入学おめでとうございます』

12年ぶりに銀と会ったあの日からかなりの時間が経った(日にち換算でのかなりであって月換算でいえば1ヶ月程度である)。今は並盛中学校の入学式に出ている。どうにもこうにも、俺は1―A、つまりは原作メンバーが勢揃いしているクラスの中にぶっ込まれたらしい。嬉しいような嬉しくないような、どこかに銀の陰謀を感じる。

今に至るまでの時間は、もちろん無駄にすることはしなかった。上昇したはずの身体能力の確認やら、ブレスレットの機能試しやら、いろんなことをやっていた。因みにブレスレットを使ってみた感想だが……多用禁物。初めて使った日なんて今までの体力の無さも相まって、翌日からの3日間、筋肉痛で動けなくなるという大惨事が待っていた。

他にも何か機能があると言われていたから何ができるものかといじってみたところ、未来編でいうところのコンタクト機能が出せることや、傍観には欠かせない気配を消すための機能までついていた。意外とそういうところにこだわっているあたりは銀に花丸をあげてやってもいいと思う。

『生徒会長挨拶』

そんなこんなで順調に進む式の中で、進行係の先生が生徒会長を促す。

「あれ……あいつって」

俺は壇上に上がった人物に見覚えがあった。薄い赤色というよりは濃いピンク色をした長い髪、澄んだ蒼の瞳。
間違いない。数ヶ月前の事故が合ったあの日に俺の腕を引っ張った奴だ。……まさか並中の生徒会長だったなんて夢にも思わなかったけどな。まあ、生徒会長なんて存在は本編にも未登場の人物なわけだし無理もないか。

というか、なんで並中の生徒があんな遠いところにいたかが最大の謎なんだが……まあ冬休み期間付近だったしなんでもいいか。

話は変わるんだけど…………体育館の奥から雲雀恭弥と思われる嫌な気配を感じるのは気のせいかな?

†‡†‡†‡†‡†‡

「はあ、長かった……肩凝る」

教室に戻った俺は机に向かってぐだぐだと突っ伏していた。学院にいたころも思ってたんだけど、何で入学式ってのはやたらめったら長いんだよ。眠いわ。
なんて考えているのは俺だけじゃないらしく、教室内を見渡せば同じように突っ伏したりすでに居眠りを開始している奴の姿がちらほらと見える。この後は自己紹介を兼ねたホームルームがあるだけで授業とかはないからその気のゆるみとかもあるんだろうけどさ。

「あ、あの、霜月さん……?」

ふと名前を呼ばれて体勢を変えずに顔だけを横に向ける。

「……何故だ」
「えっ、何がですか……!?」

そこにいたのは沢田綱吉だった。何故、こいつが、ここにいる。もうすぐ先生が来る時間なんだからさっさと席に戻って本来の生徒にそこの席を返……あれ?

「もしかしてお前の席って俺の隣?」
「えと、は、はい」

……マジですか。今朝学校に来たときはまだ隣は来てなかったし、俺も荷物を置いたらさっさと校内巡りに勝手に出ていたからまったく気が付かなかった。まさか家だけじゃなくて席まで隣とか……こんなことってありかよ。

「で、何の用?」
「えっと……その、母さんがね、また遊びにおいでって誘っておいてって言ってたから、一応声をかけておこうかなって……」
「奈々さんが?」

向こうからしたらご近所付き合いの一環だ、なんてまた言い出すんだろうけど……なんて言えばいいんだ、この葛藤は。

「チーズケーキも焼いたからぜひって」
「ぐ……っ!」

痛ぇ! 心がめちゃくちゃ痛ぇ!!

「時間が、あったらな……」

何とかそう絞り出したのはいいものの、正直に言って、俺の心はチーズケーキに釣られている。やめてくれ、好物で釣るのはやめてくれ……! って、まだあの人に俺の好物とか教えてませんけど!?

と、とにかく、リボーンが来る前だったらまだセーフか? あんまり仲良くなりすぎて奈々さんの口からぽろっと俺の名前が出てリボーンに興味を持たれたら元も子もないんだけど。んー……でも沢田の口からじゃなくて奈々さんならばただのご近所さんとしてアイツもスルーしてくれるか……?

頭の中で一人で悶絶している間にも時間は過ぎて、気付いたらHRの時間になって先生が入ってきていた。そこはかとないありきたりな話をつらつらと告げた後、お待ちかねしていたわけでもない自己紹介が始まった。

「新島匠海たくみだ。専門の教科は体育だから、お前らの体育の授業は私が担当することになる。よろしくな!」

真っ先に挨拶をしていたのは、俺らのクラスの担任になる新島女史。名前的にはどう聞いても男なんだが見た目的にはばっちり女だ。黒い髪を耳の下で2つに縛っていて黒縁メガネ。これだけ聞くと文学少女なイメージなんだが、気迫は見事に熱血教師。あれだ、ヤンクミ。

俺を含むクラスの大半がその雰囲気に苦笑いをしている中で、出席番号順に自己紹介が始まった。

その計算で話すと、俺の前にいる原作メンバーは、黒川花・笹川京子・沢田綱吉の3人。後ろには山本武がいる。一瞬、獄寺は? なんて思ってしまったが、アイツは転校生で来るのは6日なんだから今はいなくて当たり前だよな。

「って、もう俺の番か……。えー、初めまして、霜月要です。先月に並盛に越してきたばかり何で不慣れなとこも多いですが、まあよろしくお願いします。あと、甘いものとか可愛いもの、それと肉が大の苦手何でその所の把握もお願いしますわ」

甘いものが嫌いなくせに何でチーズケーキは好きなのかって? そこは突っ込んだら負けってやつだ。

にしてもざわついてる奴多いなぁ……。ああ、そっか、俺の容姿が浮いてるんだったな。奈々さんのこともあって若干忘れかけてたぞ。親戚のこともそうだし、やっぱり緑色の髪って疎まれんのかねぇ……。

――――かと思いきや。

『ねぇ、今の人かっこよくない?』
『わかるわかる。イケメンってやつだよね』
『クールだし、若干ミステリアスなとこない?』
『山本君もそうだけど、イケメン男子多いこのクラスでよかった~』

…………はい!? ちょ、ちょっと待てどういうことだ……!? 誰だ今のひそひそ話を展開していた女子は……!! そもそも俺は女だぞ……!? 俺って言ったけど、俺って言ったけど……!!

「霜月さん……多分制服のせいかと……」

隣にいる沢田からこっそりと耳打ちされる。それで思い出した。あまりにも女子っぽい恰好が嫌いなためにスカート嫌いまで発症したせいで、許可をとって男子制服を着ていることに。

「ていうか待て。お前には俺のことを話してないはずだ」
「え。ああ、その、母さんから聞いてて……」

奈々さーーーーん!! 俺の一番の天敵はあなたでしたか!! いや、俺のことを話しちゃダメとか言ってないけどさ!? そりゃお隣さんで息子の同級生だもんな話したくなるよな!?
でも頼むからちょっと待ってぇぇぇぇ!!

どうにかこうにかモブに徹しなきゃいけないという決意とともに、まずは奈々さんとの関わり合いをどうにかしなくちゃいけないと思い知らされた瞬間であった。

「長谷川やちるです。どうか皆さん、よろしくお願いします」

また俺が一人悶絶を展開しているうちに自己紹介はそんなところまで進んでいた。ん? どっかで聞いたような声なんだけど……。

『生徒会長!?』

誰かのあげた大声をきっかけに、全員の視線が今の自己紹介の主へと向けられた。それはもちろん俺と沢田も例外じゃない。クラスの視線の中心にいたのは、そこにいたのは、確かに先ほどの入学式で生徒会長挨拶を述べた張本人だった。

「驚かせてしまったようですみません。実は前にいた学校の先生とここの校長先生が知り合いで、推薦入学といいますか……中学生で、なんて思うかもしれませんが、生徒会長に就くことを前提とした特別入学をさせていただいていたのです」

何その俺と似た流れ。まさか西条考古学院出身じゃねえよな。いるわけねえか。俺みたいな事情がない限りこの年であの学校から抜けるなんてことは起こらない場所だし。

だとしたら相当な規格外キャラのお出ましだぜ、こりゃ。そんな奴がいてもいいのか。いや、俺が言える台詞ではないと思ってる。でもほら、俺って転生者だし、いない方が当たり前だし。でもさ、原作にこんな規格外キャラが本当にいたんなら、間違いなくリボーンが目をつけてるだろ。でも事実、原作に登場しているところをお目にかけたことなんてないし、黒曜中の生徒会長ですら出番のあった小説にさえ出たことないだろ。

アイツは誰ですか。

†‡†‡†‡†‡†‡

一方そのころ。銀を含む神様が暮らす世界――神界では、異常事態が発生していた。不確定な空間でありながらも、その中で金属をこすり合わせたような警報が鳴り響いている。あちらこちらで仕事中の神達が不思議がっている中で、たった一人、全力疾走をしている者がいた。

きらめく星のような銀色の髪、見え隠れする深紅色の瞳。そう、要の転生に携わった神、銀である。それなりに物腰が柔らかそうに見えた彼だが、今に限っては本気で怒っているのがあからさまに見て取れる。

普段の彼を知っている者達なら誰でもこう思うだろう。何かがヤバい、と。

「漣志ィ!!」

スパアンッという気持ちのいい音と共に勢いよく開けられたのは、銀の部下である少年・漣志のいる部屋のドア。中では赤い髪の少年がパソコンをいじっていた。見た目は高校生程度だろうか。怒号に驚いた彼は慌ててヘッドホンを外し、入口に仁王立ちをしている銀を見上げた。

「せ、センパイ……?」
「漣志、素直に答えろ。お前、12月に召喚魔法受けたよな」
「は、はい。リボーンの世界に行きたい、マフィアとしての力が欲しい、特殊能力が欲しい、って……」
「そん時に送る世界のことちゃんと調べたか?」
「あ、その……は、はい」
「本 当 に ?」
「…………すみません」

がっくりと項垂れる少年を見て、銀は盛大にため息をついた。

銀の直属の部下であるこの少年・漣志は、召喚魔法によってのみ呼び出すことのできる神である。呼び出した者は彼に向けて、無条件で3つ、願いを伝えることができる。呼び出された神はもちろん、無条件でその願いを叶えてやらなければならない。いわゆるランプの魔人のような性質を持った神なのだが――。

「その世界、俺が12年前に転生者を送った世界なんだけど?」
「え……」
「ここまで言えばわかるよな? この警報音はサーバーエラーだ」

職務怠慢による処罰。そんな言葉が漣志の脳内をよぎる。ただでさえ、わずか12年前にとある神がその罪状で神界を永久追放されたばかりだというのに、自分も同じことになってしまうのではないか。

「ビビってるとこ悪いが、俺としてもこんな短期間で神の数を減らしたくないんでな。上にはどうにかしてごまかす」
「センパイ……」
その代わり・・・・・! しっかりきっちりこき使ってやるから覚悟しとけよ」
「…………はい」

威圧感のある深紅色の瞳に睨まれてしまっては何も言い返すこともできず、ただしょんぼりとした返事を返した漣志だった。警報が鳴りやみ、何事もなかったかのような日常が訪れたのは、それから数分後のことである。

†‡†‡†‡†‡†‡

「と、言うわけなんだ」
「えっ」

家に帰るなり何故かまた居座っていた銀から聞かされたのは、あの長谷川やちるという人物についてだった。俺が違和感を覚えていたのは偶然ではなかったらしく、アイツもまたこの世界の人間ではないということ、こっちに来る時の特典として裏社会で名のある地位を手にしていたことなどを教えられた。

さらに言うと、俺とソイツが同じ世界軸に存在していることでバランスが崩れ、空間に歪みができてしまうという事態に陥っているとか。送り返せばいいとは思ったものの、どうやら一度叶えた願いを覆すことは許されず、長谷川をもといた世界に送り返すどころか別の世界軸に送りなおすことすら不可能だという。

今できることがあるとすれば、銀達が持っている『神力』というものを使って、歪みを補完しバランスを無理やり保たせることだけだとか。おかげで今のところは何の異常もない世界と同等の状態を維持できているらしい。

「……って、同じ世界に転生者が2人以上いると何でマズいんだ?」
「正確には、別世界からの能力者、神の加護を持つ者だ。そもそも長谷川やちるはお前と違って転生者じゃなく、トリップ者なわけだし」
「トリップ者……? 何が違うんだ?」
「転生者っていうのは、お前みたいに1回死んで肉体も魂も一緒に別世界に送り込まれた奴のことだ。それに対して、死んだわけでもなしに肉体をもとの世界に残して強制的に魂だけを送り込まれた奴のことをトリップ者と呼ぶ。つまり、転生者はこの世界で死んだら即アウトだが、トリップ者はこの世界で死んでも夢から覚めただけ、なんて状態になる」

んーと、つまりは人生やり直し組が転生者で、人生夢見組がトリップ者ってことになんのかな? ……我ながら随分と雑にまとめたもんだ。

「ま、そういうことだ」

……なるほどなぁ。

ってことは、さっくり言えば長谷川やちるが命を落として向こうの世界に帰れば万事解決ってわけなんだな。なるほどなるほど。

「お前ってたまにそう物騒なこと思いつくよな。俺怖いよ」
「けど、そういうことなんだろ?」
「そうだけどさ……。じゃあ聞くけど、お前はあいつのこと殺せるのか?」

え……?
息が詰まる感じがした。俺が、長谷川を殺す……?

「要が言ったのは、そういうことだよ」
「…………」

別に俺は、殺したいだなんて、一言も言ってない。ただ、死んだらって思っただけだ。俺には後がないから、まだ平気なアイツならって。事故か何かでって。俺は、ただ……。

「はい、考え込むのはそこまで」

ガシ、と頭を強めに掴まれた。

「ともかくさ、俺らがしてる対処で2、3年は持つんだから、対策はその間にちゃんと考えるよ。リボーンの話だってその期間内にさっくり終わるだろ? だからお前は考えなくていいんだよ」
「頭撫でんなガキ扱いすんな!」
「でも好きだろ?」
「なわけあるか!」

頭に乗った手を叩き落す。嫌いじゃないけど好きともいえない。あの人物のことを思い出してしまうから。

ぐしゃぐしゃにされた髪を直しながら、俺は長谷川について思考を巡らせた。神の後押しがあったとはいえ生徒会長を務めるような奴だ、あの日のことを忘れているとは考えにくい。何かしらコンタクトをとってきそうな気もするが、あんな別れ方をした手前、話したいとは思えないし、マフィア関係者になったってことは原作に首を突っ込む気満々ってことだ。傍観に徹したい俺としては、そういう意味でも干渉したくない。

俺に残された道を考えてみたところで、学校のサボタージュしか選択肢が見当たらない。いやあ困った困った。そんなことしてみろ、一瞬で雲雀恭弥のトンファーの餌食だ。

「はぁ、のんびりまったり傍観してぇ」

そんな願望は、数秒後にかかってくる夕飯に誘う奈々さんの電話によって、あえなく壊されたのであった。

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