7、『素性を知れば』

「霜月さん」

なんか最近やたらと声をかけられるな。心の中で文句を言いながらも声のした方に顔を向ける。そこに立っていたのは不安げな表情をした沢田だった。

「少し、相談いいですか……?」
「……は?」

†‡†‡†‡†‡†‡

「変な赤ん坊に付け回されてる?」

人目のない校舎裏まで連れてこられたかと思えば、ある日突然現れた赤ん坊のせいでまともな生活が送れなくなった、という話をされた。……まあ、リボーンだよな。

「お前んちって赤ん坊いたっけか? つーか、赤ん坊の相手くらいしてやれよ」

けど俺はもちろん知らぬふりをした。そもそもなんで俺に、しかもこんな場所で相談なんてするんだ。こいつはただの隣人に一体何を求めているんだ。俺はなんもする気はないぞ。したくもないしな。

「そうじゃなくてさ、えっと、普通の赤ん坊じゃなくて」
「赤ん坊に普通とか普通じゃないとかあんのか? それともあれか、差別か」
「ちっ、違うんだよ! 信じてもらえるかわからないんだけど、俺の家に、マフィアを名乗る赤ん坊が来て」
「漫画の読みすぎか?」
「違うんだって!」

ただひたすらに、そこら辺にいる「主人公の話を信じないモブ」的対応を演じていく。知っているということを知られるわけにはいかなかったのもあるが、こういう場合は、主人公の知り合いで最初に相談されて信じようとしない奴は、大抵その後の展開で一切話にかかわったりしないのがセオリーだ。だからこそ俺はそれを演じる。

功を奏した、というのだろうか。しばらく埒のあかない問答を繰り返していくうちに、沢田は諦めた様子を見せ始めた。

「……ごめん、変な話をしたりして。やっぱり忘れていいや」
「そか」

あからさまに肩を落としてその場を去っていく姿を見送っていたのだが、なんだかやけに罪悪感が残った。さすがに傷つけたかな……ちょっとくらい信じてあげてもよかったかも。こっちこそ、ごめん。

時計を確認するともうすぐ昼休みが終わる。次の授業……ああ、体育だわ。新島の授業だ。マジかアイツか。着替えなきゃだし遅れたらどやされるし、急いだほうがよさそうだな。

†‡†‡†‡†‡†‡

「霜月、お前さぁ」
「やめろ、それ以上は何も言うな」

グラウンドの隅っこで体育座りで蹲る要と、その前に立ちはだかる新島。

「究極に運動ダメ人間だな」
「言うなって言ってんだろ!? まともに運動したこともねぇんだからしゃーねえだろ!」
「そこまで叫ぶ元気があるならまだ頑張れるな。よし、行くぞ」
「はーなーせーっ!!」

じたばたと暴れる要と、ジャージの襟をつかんで引きずる新島。

「うっわー、先生えげつない」
「あれは霜月の自業自得だと思うわ」

そしてそれを遠くから見守るツナ達。

グラウンド一周。たったそれだけだった。外周500mのグラウンドを一周走っただけなのだ。たったそれだけでダウンしグレて木陰に逃げて行った要のことを新島が連れ戻しに行ったのが今のやり取りである。運動音痴のダメツナと呼ばれたツナでさえも文句は言いつつもやりきったというのに。

銀から与えられた身体能力はあるものの、それを使いこなすだけの体力を持ち合わせていないのが要であった。体力が欲しい、切実に。

西条考古学院には体育の授業が存在していないのはまた別の話。

「あ、お疲れ」
「ムリ……死ぬ」

強制的に追加でもう一周走らされた要が何とか帰ってきたころには、だいぶグロッキーな姿になっていた。

「日本人は、走るために作られてない……」
「凄い屁理屈ね」

結局、完全に体力を使い果たしたことに呆れた新島によって見学許可が下りたおかげで、その日の授業で要がそれ以上動くことはなかった。否、動かないどころか爆睡を決めていた。数分後、それを発見した新島の鉄拳制裁が下されたのは言わずもがな。

「ったく、生徒のこと殴るとか信じらんねぇ」

若干コブになった頭をさする。放課後の屋上には誰も来ないことを確認してから涼みに来ることが日課になり始めていた。そんな俺は風を感じながら盛大なため息をついた。
6月の風は程よく気持ちいい。

「何、生徒を殴る教師がいるの?」
「んー、まあな、うちの担任がヤンクミみたいでさぁ……って、え?」

無意識のうちに血の気が引いた。俺はこの声を知っている。違う、忘れてはいけない。

ギギギ……と音を立てそうな動きで後ろを向く。まず目に入ったのは黒いスラックス。少しずつ視線を上げていけば、ワイシャツ、学ランと目につく。そして、特徴的なつり目と黒髪。

「風紀委員長、雲雀……恭弥……」

そういえば今まで会わなかったのがある意味奇跡だった。
眉の形だけで幻騎士に校則違反だと言い放った雲雀のことだ、こんな容姿の俺に対してなら入学初日から絡みに来てもおかしくなかったはずなのだが……。

「ふぅん、生徒に暴力をふるうのは禁止なんだけど」
「あ、いや、新島は別に悪い奴ってわけじゃねえし、ちょっと喝入れみたいなもんだったし」

ってなんであいつのことかばってんの俺!?

「確かにちょっとどころかめちゃくちゃ痛かったけど。けど、咬み殺すとか解雇するとかはなし! 一応うちの担任だし!」

だからなんでかばっちゃってんだよ!?

なぜか言い訳をするレベルで新島のことをかばい倒したら、雲雀からの威圧感が少しだけ和らいだ。それと同時に、軽い金属音も……。

こいつマジで咬み殺す気だった!? 相手は教師だし女だぞ!?

「君、1-Aの霜月要だよね」
「えっ、あ、はい。知ってたんすか……」
「入学手続きで見た経緯が特殊だったからね。それに、異性の制服の申請をしたのは君くらいだ」
「あー、その節はどうも……」

そういえば院長が言ってた気がする。制服の申請をしたときにすごく手続きが面倒だったとかって。あれって風紀委員が相手をしていたのか……。

「ところで、その髪って染めてるの?」
「地毛ですから頼むから触れないで」

髪色に突っ込まれるのは地雷です。

「ふぅん、染めてないのなら別に問題はないよ」

あ、さいでっか。ともあれ咬み殺されなくてよかった。

「君はいつも屋上に来ているの?」
「はい? え、まあ、ここ最近からなんですけども……。あ、立ち入り禁止とかだってことなら大人しく帰ります」
「放課後は僕が寝ているからね」

突然の死亡フラグ。

「あ、俺もう帰りますんで、じゃ」

鞄をひっつかんで屋上を後にした。雲雀に咬み殺されるのだけはごめんだ! ていうか死因が雲雀の機嫌損ねただけとか笑えないし!

体力の無さも忘れてダッシュで帰宅した俺は、その後数時間にわたって動けなくなるのであった。

†‡†‡†‡†‡†‡

ガラッと静かな音を立てて扉が開く。同じく静かな足音で室内に入る少年。

「どうかしましたか?」

中にいた別の少年が声をかけると、今しがた入ってきた方の少年は口許に弧を描いた。

「ねえ、調べてほしい生徒がいるんだけど」
「生徒……ですか? 町の人間ではなく」
「入学手続きの時に男子制服を申請した女子生徒がいたのを覚えているかい? その人物だよ」
「へえ、覚えています。異質でしたので。しかしなぜ今になって?」
「興味がわいてね」
「わかりました。ただ、時期的にも今はまだ忙しいので、そちらを早急に片した後でも」
「構わないよ」

瞼を閉じたそこに先ほどまで会話をしていた少女の姿を思い浮かべる。言わなければ女であると気づくことのできない容姿、男子のような荒い口調、最凶と言わしめた人物を前にしてもなお臆することのない気の強さ。
けれどそれは全て、内側にある何かを包み隠すようにも見えて。

「ちゃんと話がしてみたいな」

あの翡翠色の瞳は一体どこを見ていたのだろうか。少なくとも、自分の姿を捉えはしても見ようとはしていなかった。それもきっと、素性を知ればわかることだろう。

「霜月要、か」

今年は楽しい年になりそうだ。予想のできない期待に胸が躍る。
しかし彼は知らない。今後、もっと彼のことを楽しませてくれる人物が目の前に現れることを。

†‡†‡†‡†‡†‡

「へっくち」
「風邪か?」
「わからん。悪寒が走った」

異様な寒気にブルリと震えた。誰かに噂でもされたんだろうか。

「んなことより頼みがあんだけど」

そういうと銀はうどんをすする手を止めてこっちを見た。せめて箸を置けやこのクソ神。

「どうしたんだ? 頼みって珍しいな」
「いや、単純な話、武器が欲しいと思ってな。つっても護身用だ。今のままじゃ少なからず黒川と同じ程度くらいには巻き込まれるだろうと思って、だったらせめて自分の身は自分で守らねえとさ」
「んー、そう。武器ねぇ」

そしてまたうどんをすすり始めた。おい、人の話ちゃんと聞いてんのかお前は。取り上げんぞ。

「確かに身体能力を上げただけじゃ心許ないかもな。けどよ、武器っつってもどーすんだ? その分類だけでどんだけ種類があると思ってるんだよ」
「ああ、そっか」

言われてみればそうだ。全く考えてなかったな。

沢田のグローブ、獄寺のダイナマイト、山本のバットや日本刀、ランボの手榴弾、雲雀のトンファー等々、この作品だけでも使われる武器は数知れず。というかトンファーって元々は琉球に伝わる武器の一つでしかも木製らしいな。何がどうしてこうなったんですか天野先生。

「あ、そういえば長谷川も武器って持ってんのか? あいつも一応マフィアなんだろ」
「知らん、向こうは俺の管轄外だからな。漣志に聞けばわかるかもしれないけどさ」
「ふーん」

にしても武器なあ。長谷川の武器は……自分で確認するしかないか。漣志って奴、話に聞く限りだとだいぶ頼りないっぽいし、だからって長谷川に直接聞くわけにもいかんし、というか話しかけたくない。

ああ、そういえばもうすぐ獄寺が来る時期なんだよな。その辺のなんかでどうにか見る機会があればいいんだけどな。あいつと武器が被るのってなんか嫌なんだよな。全体的に他の奴との武器被りはもちろん嫌なんだけど、長谷川と被ったら絶望案件。

似てても根本的に違えばまだありかな? ほら、ロンギヌスとハルバード、とかそんな感じに。あとは刀なんだけど斬魄刀みたいに段階的に変形するとか、そんな感じに。その根本的なものから長谷川と被ったら世界に絶望する。どこぞのギャル様よろしく絶望する。

「つーかさ、前から思ってたんだけど、何でそんなに長谷川やちるのこと嫌ってんの? 別に向こうに何されたってわけでもないのにさ。それどころか命を助けてもらったりケーキの割引券なんか貰っちゃってさ、普通は感謝するとかするとこだろ」
「いやなんで知ってんだよ神のくせに!」
「いやいや神だから知ってんだよ!」

俺が長谷川を嫌ってる理由……? わからない。ただ、感覚的に嫌いというか、受け付けないというか……。理由を問われると、なんか困る。

「俺も神だからさ、立場上では平等にいなきゃいけないわけ。その観点から見ても嫌う理由が全く見えないんだよ。ここまでよくしてくれてる奴のことを嫌うなんて、普通は意識的にでもできないことだ。だからもう一度聞く。

なんで、嫌いなんだ?」

背中に冷たいものが流れた。嫌な汗が流れる。怖い、直感的に脳みそが訴えた。

「わ、わかんねえよ。ただ、あいつを見ると、あいつの視線を感じると胸がざわつくんだ。どことなく息苦しくなって、嫌なこととか全部思い出しそうになって……。わかんねえよ、わかんねえんだよっ、俺だってわかんねえよっ!」

わからない、わかるわけがない。銀が笑うと苦しくなることも、長谷川を見ると苦しくなることも、理由なんてわかるわけない!

苦しい。苦しい。息を吸うのが難しい。胸が苦しい。息ができない。わからない。なんだっけ。息ってどうやって吸うんだっけ。苦しい。視界がぼやける。苦しい。

「要、おい、要? 要ッ」

誰、なに、聞こえない、苦しい。

「落ち着け、要、俺の声が聞こえるか?」

苦しい、息ができない、死にそう、死ぬ? 死ぬの? 苦しい。

「要、頼む、落ち着いて、俺に合わせて」
「はっ、はあっ、ひゅ、はあ、はあっ」
「大丈夫、大丈夫だから、ほら」
「はあ、はあ、っ、はあっ、はあ」

だ、めだ、いしき、が、とお、の、い……て…………

†‡†‡†‡†‡†‡

どさっ

「要? 要っ!?」

倒れた体を慌てて抱き上げる。名前を呼んでも反応はない。

違う、こんなつもりじゃなかった。ただ気になったから、本当にそれだけの理由で興味半分で尋ねてみただけなんだ。それなのに、こんな、要がこんな状態になるなんて、思うわけがない。要の身の上を知っていてもなお、俺には長谷川やちるを嫌う理由がわからなかった。だから気になっただけなのに。要に、辛い思いをさせるつもりなんてなかったのに。

「何やってんだ俺……ッ」

頼む、誰かッ

「ホント、何やってんスかセンパイ」
「っ、この声」

不自然に空間が歪んだかと思えば、そこから見覚えのある赤い色がちらついた。

「れん、じ」
「帰りが遅すぎるんで迎えに来させてもらったっス。ちょっと様子見してましたけど、らしくないっスねセンパイ。過呼吸くらいで取り乱してどーすんスか」
「だって、俺、俺っ」
「神力に治癒能力があるって教えてくれたのはどこの誰っスか。それが思い浮かばないほどに頭がやられてるとは思わなかったんスけど、やっぱり最近のセンパイはおかしいっス」
「おかしくなんか」
「おかしいっスよ!」
「おかしく、なんか」
「正気になるまでひっぱたいてやりましょうか? 掟違反になるんでやりませんけど、そんくらいみっともないっス」

みっともない? 俺が、みっともない?

「とにかく、大神様に呼び出しされてんスからたっぷり説教でもしてもらってください」
「ま、待って、要のこと」
「人間のことなんかほっといてって言ってるでしょう!? つーかあんくらいじゃ死なないし!」

待って、要、頼むから、要を置いてはいけな――

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