9、『退学クライシス』

その日、教室内の空気は少しピリピリとしていた。それもそのはずで、今日、というよりもたった今、理科のテストが返却されるのだ。しかも担当教師は生徒いびりに定評のある根津である。点数のことが気が気ではない生徒たちの思いが蔓延していた。

とは言ってもそれは一般生徒に限った話。あの超難関校である西条考古学院にて常に首位をキープいていた俺にとってはものすごくどうでもいい。ていうか、簡単すぎてテスト時間60分のうち55分はふて寝に徹した。やたらと問題数が多かったせいで回答を埋めるのに5分も要したが、まあいいだろう。

ところで普段、俺はまじめに授業を聞いたためしがない。なにせ俺には当たり前の話過ぎて授業とは思えないほどに退屈なのだ。だが、今回に限ってはしっかり取り組んでいる(ようには見せている)。それはなぜか。

退学クライシス。確か原作ではそんなサブタイトルがつけられていたはずだ。根津が点数の低い沢田をいびり、遅刻の獄寺に怒鳴り、結果的に返り討ちに遭ったことで腹いせとして2人を退学させようと喚き散らし、最終的には学歴詐称で解雇される。そんな話だ。

並盛中学校に入学してみてわかったことなのだが、自称エリートであるあいつは成績のいい生徒にはとことん甘い。どこぞの理事長とは大違いなほどに甘い。つまるところ俺は根津からかなり贔屓目で見られているわけで、何が言いたいかというと幸か不幸か俺はこのイベントに干渉する確率が0%なのだ。沢田や長谷川に引っ張られなければ、の話だが。

……そういえば長谷川の学力がなんぼなのか全く知らん。興味ないがな。

「沢田」
「はい」

あ、遂に沢田が呼ばれた。恐る恐るといった感じにテスト用紙を受け取りに行く沢田を横目で見送る。確か26点とかそんな点数だったよな。逆にすごいと思うぞ、俺じゃあ死んでもあんな点数は取れそうにないからな。

テストを受け取ろうとした沢田の手が空を切った。根津がテスト用紙を渡さんとでも言わんばかりに持ち上げたのだ。当の沢田は目を丸くしている。

「あくまで仮定の話だが……クラスで唯一20点台を取って平均点を著しく下げた生徒がいるとしよう。エリートコースを進んできた私が推測するに、そいつは学歴社会において足を引っ張るお荷物にしかならない。そんなクズに生きている意味、あるのかねえ?」

ぺらりとわざとらしく捲られたテスト用紙から覗いたのは赤で書かれた26。おしい、あと1点で沢田のイメージナンバーだ。……ゲフン、落ち着こう。

それと根津、お前はエリートでも何でもねえだろ学歴詐称野郎が。いいか、俺みたいなやつが本当のエリーt((スミマセン調子に乗りました。

「霜月」
「はーい」

肩を落としながら席に戻る沢田と入れ違いにテストを取りに行く。

「上々だ。お前には期待しているぞ」

にこやかに返却された100点満点のテスト用紙。予想通り過ぎて何の面白みもない。

別に根津から期待されたところでなんも嬉しくないんだよなあ。まあ変に絡まれるよかマシだけどよ。俺ってこんな容姿なわけだから教師陣から目とかつけられやすいし、だったら成績だけで判断してくるこいつはかなり扱いやすい。一番楽なのは見た目も成績も気にしない新島だけどな。

「ね、ねえ、霜月さん……」
「ん?」
「今度さ、勉強おしえて……」
「時間があったらなー」

とか言って毎日が暇人なのはお約束。ま、リボーンという名のチビ介に遭ったりしなきゃりゃ何の問題もないんだけどな。ん、漢字が違うって? 合ってるぞ。

「長谷川」
「はい」

お、やっと長谷川の番が回ってきたか。さてさて気になる点数は?

「あくまで仮定の話だが……」

うわ始まったよマジかよそういう点数なの? え、マジで? 生徒会長?

「クラスで平均的な80点台を取った、品行方正な生徒がいるとしよう。だがそいつはクラスのクズとつるんでいる。なぜなら、生徒会長と言う立場のもとでその馬鹿に情が移っているからだ!」

………………絶句。ものすごく意味が分からんのだが。「だから?」としか言いようがないんだが。

え、ちょっと待って話についていけない。もしかしてコイツ、リアルBAKA?

「お言葉ですが根津先生、私がツナと仲がいい理由に生徒会長という立場や情が移っているだなんてくだらないものを使わないでいただきたい。私はとても単純に、そして純粋に、沢田綱吉という人間に惹かれたのです。彼の持つ人間性に惹かれているのです。自然と行動を共にしたくなる、そんな彼だからこそ私はツナと一緒にいるのです」

おおー、さすがは生徒会長様、名言キタコレ。そういう考えは嫌いじゃないし共感できなくもない。だからと言ってお前と仲良くなりたいだとかお近づきになりたいだとかは全くもって全然これっぽっちも思っていないのでどうぞ。

なんて考えていると、折から教室の扉が大きな音を立てて開いた。入ってきたのは遅刻もいいとこの獄寺だ。

「コラ! 遅刻だぞ!」

もちろんのこと怒鳴る根津なのだが、それに対して獄寺は不機嫌に睨み返す。殺気がどうのこうのは俺にはわからんが、すげぇ気迫なのはわかる。さすがはマフィアだなって感じ。

「おはようございます! 10代目、やちるさん!!」

一同騒然。まさしくその状態だろう。仕方ないと思うよ、どっからどう見ても不良の代名詞である獄寺が、生徒会長と、それとは真逆のダメダメ生徒に対して礼儀正しい挨拶しちゃってんだもんな。ただ俺としては、隣の席って分ものすごくうるさいし、沢田からの現実逃避視線がこっちに向いてくるからすっげえムカつく。

つーか俺さ、めちゃめちゃ驚いてるよ。獄寺お前さ、いつの間に「長谷川さん」から「やちるさん」になったわけ? 距離縮まるの早すぎかよ。忠犬っぷり発揮し過ぎだわお前さん。

「あくまで仮定の話だが……」
「うわ、また始まった……」
「平気で遅刻する生徒がいるとしよう。そいつは間違いなくクズ共とつるんでいる。なぜならば類は友を呼ぶからな!」

あっ、こいつ本物の馬鹿だ、今さらっと長谷川のことまでクズに分類しやがったぞこのおっさん。別に長谷川の擁護とかしたいわけじゃないけどそれはまずいと思う。命知らずというかなんというか、首飛ぶぜマジで物理的に。

「おっさん、よく覚えとけ。10代目沢田さん及びやちるさんへの侮辱は許さねえ!!」

あーあ、俺もうシーラネ。

†‡†‡†‡†‡†‡

「貴様ら全員退学だーーっ!!」

おーすっげ。あいつの怒鳴り声ってよく聞こえるもんだね。職員室って確か校舎の端っこだろ、んで1-Aの教室も校舎の端っこ、つまり反対側にあるはずなんだが、結構距離があるはずのここまでびっくりするくらい良く聞こえる。実は簡単に届くもんなのか、それとも根津の声がでかすぎるだけか。しかしまあ他のクラスからしたらいい迷惑だよな。

退学処分を言い渡されたのは沢田と獄寺に加えて長谷川の3人。予想通りっちゃ予想通りの展開になった。さすがに怒鳴り声以外には何も聞こえてこなかったけど、原作通りに進むんだったら15年前のありもしないタイムカプセルを探す羽目になるんだろうな。タイムカプセルが存在しないってことは長谷川も知ってるはずだけど、さてどう来るか。

「あ、出てきた。思ったより早いな」

話し声の絶えない教室の中で、なんとなく窓際にいた俺なのだが、怒鳴り声から10数分程度で獄寺を先頭に3人がグラウンドに現れた。ダイナマイトを持った獄寺、死ぬ気になった沢田、そして呑気に歩く長谷川。

……ん!? あいつなんで手ぶら!? この前使ってた槍はどうしたよ!?

かと思いきや、どこに隠していたのか刀を取り出した。すらりとした、日本刀のような長刀だった。

「水天逆巻け 捩花」

はいちょっと待ったーっ!! おまっ、それって海燕の斬魄刀だよな!? ここに来て何でBLEACH!? トリップする世界間違えてませんか君ぃっ!? まさかの斬魄刀!? じゃああいつに付与された特殊能力って霊力的なアレなのかよ!? チートかよ畜生が!!

「まさか鬼道も使えるなんてオチ、ねえよな……」

ダイナマイトの爆発の中でどさくさ紛れに放たれた火の玉は見なかったことにしよう。

さてと、無事にグラウンドも割れてくれたことだし、俺もちょっくら野暮用を片付けに行きますか。あ、別にあいつらのこと援護しようってわけじゃねえよ。ただ個人的に気に食わないことがあるからそれをすっきりさせるのと、あとは放置気味だった大切なコネを固めてくるかって感じだ。

「こんちわ、校長先生いますかね」

ドアを2回ノックする。するとすぐに開いて中から初老の男が出てきた。めっちゃ不安そうにしているのはさっきまで根津が喚き散らしていたからだろう。

「ご無沙汰してます」
「ああ霜月君か。どうだ、学校の方はもう慣れたかな」
「それなりに。過ごしやすい環境だとは思いますよ」
「そうか、それはよかった」

並盛中学校の校長。彼は俺の恩人でもある西条考古学院の学園長と旧知の仲だということで並中にいる間は少しは気にかけてくれることを約束してくれたらしい。さっき言ってたコネってのはまあ、校長だ。

「それで、どうかしたのかい? 今は授業中じゃあ……」
「根津先生のことでお話が。授業ならその関係で今は自習時間です」

根津、と聞いた瞬間にさっと顔色が悪くなった。だいぶ堪えてんなこりゃ。

「俺のクラスメイト3人が退学処分を下された件について、行方不明になっている15年前のタイムカプセルを見つけ出すことができれば免除する、という約束をしたようですね」
「あ、あれは根津君が勝手に」
「校長のことを責めようとしてるわけじゃないですよ。ただ確認しておきたいんです。俺が耳にした噂じゃ、15年前は例外的にタイムカプセルを埋めていない、とか」
「……はっ!」

あ、思い出してくれたっぽい。よかったよかった、だいぶ歳いってるみたいだし言ったところで思い出してくれないかとも思ってたからちょっと安心した。思い出してくれないと意味がないからな。

これで根津はできもしない約束を生徒に無理強いしたってことと、あとは恐らく沢田達が見つけてくるであろうテスト用紙っつー証拠付きの詐欺野郎ってことで免職は免れんだろ。まあなんだ、人を贔屓と逆贔屓で見る学歴詐称クズが気に食わねえから完膚なきまでに叩きのめしてやろうと思ってわざわざここまで来たってわけだ。

「あー、あと、さっき見たらグラウンドがすごいことになってたんで賠償金ってことで修繕費を根津先生に払ってもらうといいんじゃないですかね」

何だろうこのポジション、すっげぇ楽しい。

「校長!!」
「おい待ちやがれ詐欺野郎!!」

色々と話をしているうちにちょうどすべての元凶が駆け込んできた。後を追って獄寺、長谷川、沢田の順でやはり駆け込んでくる。

ちぇっ、教室に帰る前に来ちゃったか。騒々しいのは好きじゃねえんだけどなあ……。

「って霜月さん!? 何でここに!?」
「ちょっと野暮用。もう済んだけどな」
「そんなことより校長! この3人を早急に退学にすべきです! こいつらはグラウンドを破壊したのですぞ!」
「何言ってやがる! おかげでテメェのクソ点数の悪いテストが出てきたじゃねえか!」
「そ、そそ、そんなの何かの間違いだ!」

どうやらキッチリ見つけてくれたみたいで何より。俺はもう用も済んでるしさっさと教室に……。……………………あっ。

「根津君、君はこの3人に存在しないタイムカプセルを探させていたようだね」
「何故それを!? ……はっ」
「んだとテメェ!」
「このテスト用紙って本物なの!?」
「エリート校卒と言っておきながら実は並中卒だなんて、学歴詐称にも程がありますね」
「あー、根津。お前終わったわ」

今の流れに便乗したわけではないのだが、思わず言葉が漏れてしまった。え、だってさ、これはマジで終わっただろ。

「ねえ、今の話は本当かい?」
『えっ?』

だって、校長室の前に雲雀が立ってるんだから。前にもちょっとしたことで新島に手をあげようとしていたわけだし、今の話を聞いちゃったら黙ってないだろう。文字通り、物理的に叩き潰されるな。

「ひっ、雲雀君っ! こ、今回の件は不問にしてやりますから君達は教室に戻っていなさい! 霜月君も!」

ポイっと追い出されてバタンとドアが閉められた。今言いたいことがあるとすれば、そうだな。

根津ザマァ。

「な、なんだったんだ今の」
「知らん。さっさと教室戻ろうぜー」
「ったく一発くらいぶっ飛ばしてやりたかったぜ」
「抑えてください隼人」

若干不本意ながらも4人で廊下を歩くことになった。極力長谷川のことを視界に入れないように端の方を歩く。どうにもこうにも、この近距離でこいつといるのは胸糞悪い。遠目なら平気なのにな。

「そういえば霜月さんはどうして校長室にいたの?」
「だから野暮用だって。知り合いの知り合いなんだよ、ここの校長。自習時間とか暇だったから挨拶に行ってた」
「へぇ、そうなんだ。校長先生と知り合いだなんてすごいね」
「知り合いの知り合いだ。そうでもねえよ」

こともなげに沢田と通常会話を展開できる自分が憎い。長谷川の方は忠犬くんがずっと話しかけてるし、この中じゃ一番まともに会話できるのが沢田ってのもあるし、あって当然の光景なんだろうけど。1人でさっさと先に帰るのはダメなのだろうか……悔しい。

†‡†‡†‡†‡†‡

家に帰ると、久しぶりに玄関の鍵が開いていた。

「銀……?」

最近はめっきり姿を現さなくなったあの神がまた来たのだろうか。いると煩くて邪魔なんだけど来なくなると寂しくなるなんてことは本人には絶対に言わない。

リビングへのドアを開けたとき、目に入ってきたのは“赤”だった。

「どうも初めまして。霜月要さん」

赤い髪、赤い瞳。炎のような暖かみのある赤を持った彼が、にこやかに挨拶をした。

「センパイがいつもお世話になってるっス。銀の直属の部下、漣志っス」
「あ、長谷川のこと送ったっていうあのドジ神」
「どんな説明受けてんスか!?」

こんな説明受けてます。にしても、銀もそうだけどだいぶ若いな。見た目年齢で銀よりずっと下、未成年って感じだけど、俺よりは年上って感じに見える。なんつーか神ってジジイなイメージがあるからギャップやばいなあ。

「確かあんたって召喚系の神なんだろ? 俺になんか用でも?」
「特にないっス。センパイはしばらく人間界には降りてこられないってことを伝えに来たのと、センパイが執心している転生者がどんな奴なのか見に来たってとこっス」
「前半だいぶ重要な話じゃねえか。え、銀来れねえのか……。頼み事あったんだけどな……」
「神を便利屋か何かと取り違えてませんかね。そもそも、センパイは長時間人間界に降りちゃいけない神なんスよ」

えっ。

「魂を管理する神であるセンパイは神界を統べるに近しいもの、つまり神界の№2っス。神界に必要な神力はトップである大神様と№2であるセンパイの2人だけで担っていると言っても過言ではない。頭のいいアンタなら言いたいことはわかるっスよね」

えっ、ちょっと待って、それヤバくない? 俺めっちゃあいつに飛び蹴りかましたり顔面ストレート入れたりしてんだけど。結構マジヤバなのでは?

「ま、センパイがアンタにつきっきりなのも仕事の一環らしいんで、来れない代わりに伝言くらいは伝えておくっス」

今の話を聞いた後だとめちゃくちゃ気まずいんですがそれは。

「え、あ、いや、前に武器が欲しいって話しててさ、そんで短刀を2本お願いしようかなって……」
「要件はそれだけっスか?」
「え、あ、うん」
「了解っス。俺は帰るんで最後に一言。くれぐれもアンタは人間だって立場を忘れないことっスね」

そういって漣志という神はどこからか出てきた靄の中へと姿を消した。

……ちょっと笑えないわこれ。

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