10、『テメェが神を見捨ててんだ』

爽やかな風が吹き抜ける屋上。そこで一人の人物が空を見上げながら寝そべっていた。エメラルドグリーンの髪が風に揺れる。太陽の光にまどろみを覚え始めたころ、静寂を破る“彼”が姿を現した。

「よ、山本」
「霜月……っ」

視線を動かすことなく、要は寝そべった姿勢のままで声をかけた。一方で声をかけられた張本人である山本は、予想だにしなかった先客の存在に驚きを隠せずにいた。

彼の右腕は、ギプスで固定され、三角巾で吊るされていた。

「練習のし過ぎで骨折、ね。そりゃ災難だったな」
「なん、で、それを……」
「屋上にいるとさ、グラウンドが一望できんのよ。もちろん、野球部の練習場所もバッチリな」

少し思い出そうとすればすぐに脳裏に浮かぶあの光景。いつものように屋上に入り浸っている要の見ている前で起きた悲劇。野球を愛してやまない山本に突き付けられた悲しい現実。

見てしまったのはほんの偶然だった。だからこそ、ツナの無責任な発言に腹が立った。だからこそ、その言葉を信じてひたすら素振りを続ける山本が哀れだった。だからこそ……突然の激痛に顔を歪める山本のことを見ていられなかった。

野球選手の命ともいえる腕を故障してしまった山本が味わっている絶望感は並大抵のことではないだろう。それが、彼をこの屋上へと導いてしまっていた。

「バットが振れないなら死んだ方がマシってか。骨折を理由に飛び降り自殺とは、いやはやお前の野球愛は大したもんだぜ。呆れるほどにな」

よいせっ、と小さくぼやきながら要は身を起こし、立ち上がった。

「ま、俺は知っての通り運動音痴というか、まったく運動ができないもんでね、お前みたいなスポーツマンの心境はさっぱり理解できんのだ。だから『死にたきゃ死ね』なんて言葉も軽々しく口にできるし、『お願いだから死なないで』なんて偽善者みたいな言葉だって口にできる。だが――」

相手の心もを見透かすような澄んだ緑色の双眸が山本の視線を捉える。睨むような、それでいて憐れむような、そんな眼差し。

「だが、あいにくと俺は命を軽く見るようなクズでも、偽善を振りかざす善人バカでもねえんだ。自殺を止めるために俺がここにいると思ったんなら大間違いだぜ。お前が俺の休息場所に来ただけなんだからな」
「なあ、さっきから何が言いたいんだ」
「ああ悪い、回りくどかったな。じゃあ単刀直入に言おう」

2人の視線が重なり合う。

「骨折ごときで自殺だぁ? 頭おかしいんじゃねえの?」

ふんっと鼻を鳴らしつつ放ったそれは、誰がどうとらえようとも間違いなく相手を馬鹿にしたような言い方だった。その目もまた、軽蔑の色を浮かべている。

山本の中で何かがぷつりとキレた。

「今、なんつった。たかが骨折だと? お前に何が分かるんだよ。野球をできない辛さが霜月にわかんのかよ!」
「分かるわけねえじゃん。だって俺、運動できねえもん」

噛みつく勢いで怒鳴り散らす山本だったが、対して要は相も変わらず冷めた目をしているだけだった。つまらない、そう言いたげだった。

「どうせ山本のことだから『野球の神さんに見捨てられた』とか言い出すんだろうけどよ、ほんとアホらしいぜ」
「何……ッ」
「いいか、よく覚えとけ。本当に神に見捨てられた時っていうのはな、死んだとき……いや、死んでなんもねえまま地獄にほっぽり出された時のことを言うんだよ。今のテメェは神に見捨てられたんじゃねえ。テメェが神を見捨ててんだ」

山本は息が詰まるような思いになった。普段から気だるげな人物の唐突な気迫に思わずひるんでしまったのではない。彼女が放った言葉が、彼の胸の奥へと突き刺さったのだ。単に怒りを覚えたせいか、それとも図星であったからなのか、正しい心中は計り知れない。

何も言えずに立ち尽くしてしまう山本に構わず、要は言葉を続ける。

「本当に見捨てたのは神か自分か、よく考えろ。考えて、自分の信じた道を突き進め。自分に嘘をつくやつは大嫌いだ」

ほとんどノンストップで言葉を連ねたせいだろうか、話し終わった要は、少なからず肩で息をしていた。一度深呼吸をして息を整えると、また山本のことを見た。

先ほどまでそこにあった軽蔑の色はどこにもない。むしろ、どこか微笑んでるようにも見える、優しい表情をしていた。

言い切って満足したのだろう。さっさと自分の鞄を拾い上げると、スタスタと屋上の扉まで足早に歩きだした。ドアノブをひねり校舎内に入ろうとして、不意に山本の方を振り返った。

「あ、そうそう。考えた結果で自殺すんなら止めねえけどよ、ここで飛び降りるのだけはやめた方がいいぜ。並中愛好家の逆鱗に触れるからな」
「それってどういう――」

言葉の意図を問うよりも先に、鉄の扉は音を立てて閉ざされてしまった。屋上に残されたのは、呆然とする山本と、風の音だけの静寂。

彼は考えた。自分はどれほど野球が好きであるかを。
彼は考えた。自分は今まで何のために頑張ってきたのかを。
彼は考えた。これから自分はどうするべきなのかを。

考え、悩み、葛藤した。本当に見捨ててしまったのは誰であったのかを。

そうして脳みそが疲れ始め、クラスメイトの自殺を聞きつけた生徒たちが大慌てで屋上に押し寄せてきたときには、彼の中で一つの決断が出ていた。

「悪ぃみんな、やっぱ自殺はナシだわ」

それは、生きることだった。

野球が好きで、野球のために今まで頑張ってきたんだ。野球に込めた想いは骨折程度じゃ今更止められるはずがない。だったら生きるしかない。怪我を治して再びバットを握るために。

「あとで霜月に礼と謝罪に行かねえとな」
「え、なんで霜月さん?」

一方で何ひとつとして事情を知らないツナは首を傾げた。霜月という人間は、クラスメイトであり、隣人であり、天才であり、何かと縁のある不思議少女だ。そんな彼女と山本の間に何が起きたものかと疑問が浮かんだ。

「実はさっき霜月と会ってさ、自殺しようとしてたのがバレて説教されたんだ。まあ、宣言通りに『死ぬな』とは言われなかったけどよ……。けど、おかげで自殺を思いとどまれたんだぜ」
「そ、そうなんだ」

ツナの脳裏をよぎるのは先ほど教室で見かけた要の姿。山本の自殺話に騒然とする中でただ一人興味なしと言わんばかりの態度で留守番宣言をしたその背景にはこんなことがあったんだと、ようやく頭の中で納得がいった。

こうして無事、山本の命が救われたわけだが、誰一人として気づく者はいなかった。やちるが要への警戒を始めたことに。リボーンが要に対して興味を持ってしまったことに。そして――

「あれ、落ちてこねえやマジかよ」

物語が、原作から大きくずれたものへと変わっていくことに。

†‡†‡†‡†‡†‡

山本の自殺騒動の次の日、俺はいつものように屋上に来ていた。今朝の朝練では、山本は練習に参加できない代わりに積極的に部員たちに声をかけて回っていた。

どうやら元気そうで何よりだ。沢田と一緒に落ちてくるイベントが無くなったのはだいぶ予想外だったけど。やっぱし口出ししたのがヤバかったのかなあ。しゃーないじゃん、一回死んで転生してる身としてはこれくらいは言ってやりたかったんだよ。

「やあ、また君かい?」
「ゲッ。何でいないタイミング狙ってるはずなのにほぼ毎回会うんだよ」
「僕からすれば毎回君が狙ったように邪魔してるように思えるんだけどね」
「んなアホな」

そして屋上にいればいるほどにこのやり取りが日常化してきてしまった。なんで俺は毎日のように雲雀とコントじみたことをやらにゃならんのだ。俺だって回避できるもんならしたいわ。

どうせまたわけのわからん会話を挟んで俺がトンズラすんだから今回もさっさとお暇するか。

……と思っていたのだが、今回に限ってはそうもいきそうになかった。

「じゃあ僕とタイミングが重なった時の優先権を勝負で決めようよ」
「……はい!?」

ごめん、今この人なんつった? 勝負とかって聞こえたのは気のせいだよな?

「いやいやいや!! なんでんな不毛な。運動音痴と並盛最強じゃ結果見えてんだろ!?」
「本当にそう思ってるの?」
「逆にどっから出てくんだその自信は!? 弱いものフルボッコにしたいだけじゃねえの!?」
「それはどうかな。空手の全国チャンピオンさん」
「…………は?」

ごめん、今この人なんつった?(2度目)

俺が空手の全国チャンピオン? 沢田以上に運動のできないこの俺が?

いやいやいや、あのさあ風紀委員長さん、いくらなんでも……

「なんでそんな昔のこと知ってんだよ!?」
「調べさせたからね。君の経歴を洗いざらい」
「何故に!? しかも4歳の頃の話を引き合いに出すお前はオカシイ!!」

マジで何で知ってんのって感じだし、今その話をされても超絶困るんだが。

うん、確かに空手の全国チャンピオンになったことがあるのは事実だから認めるけど、ジュニア戦だし4歳の頃とか8年前なんですけどぉっ!? しかも家族が死んでから一切やらなくなったから体力はなくなるし運動音痴になるしで本当に過去の話なんだよな。

「だからホント勝負は勘弁して」
「ふぅん、いいの? 僕はいつでも君を咬み殺す理由を持ってる」
「へ?」
「髪の色、チョーカー、ブレスレット。一言で表すなら君は校則違反の塊だ」
「テメッ、見逃すふりして脅しの種に温存してやがったな」
「今更気づいたの? 学年1位が笑わせるね」

うわウッゼーこいつ!! でも戦いたくねー!! でも咬み殺されたくねー!!

「あのさ、勝負したとして、万が一ってか億が一、俺が勝っちゃったりしたらどうなんの?」
「そうだね、少なくとも君のすることをすべて容認してあげるよ」
「よし受けた」

え、早急すぎんだろって? 馬鹿野郎ここで一回勝ちゃあこの先咬み殺されずに済むんだ、捨て身でも勝ってやんよ。一応元空手の全国チャンピオンだし(震え声)

「決まりだね。僕と君の一発勝負、先に膝をついた方が負けだ」

はいはいお花見ルールね了解。雲雀には悪いけどズルさせてもらいますよっと。

こっそりブレスレットをいじくって腕力と脚力をある程度底上げしておく。明日の筋肉痛なんか知るか。生きてりゃいいんだよ、生きてりゃ。これで体力の底上げ機能とかあったら大喜びしてるとこなんだけどなあ。さすがにないか。

「存分に楽しませてもらうよ」
「お手柔らかに」

言うや否や正面から襲ってくるトンファーを寸でかわす。間髪入れずに横からくるもう片方のトンファーもギリギリでかわす。

うん、とりあえず動きは見えるな。銀からもらった身体能力のおかげで体もついてきてくれてる。心配なのは体力なんだけど、持ってくれることを祈る。

「ワォ、よくかわしたね」
「しょっちゅう絡まれるもんだからかわすだけなら慣れてんだよ」
「“だけ”ね」
「すっげえ文句言いたげだなオイ」

本当に“だけ”なんだっつーの。マジで全盛期の戦いできるとでも思ってんのかコイツは。しゃあねえな、だったらお望みどおりに反撃してやりますよ。

頭部を狙った攻撃を屈んで避けて、そのまま足蹴りを食らわせる。……と言いたいところだが、あっさりとかわされてしまった。悲しい。

膝をついたら負けになるのがルールなのでそこだけは細心の注意を払って立ち上がる。すかさず殴りに来たトンファーを甘んじて腕で受け止め、聞こえた嫌な音は気にしないことにして即座にトンファーを掴んで脇腹に蹴りを入れた。

……うーん、軽いな。

「もう少し真面目にやりなよ」
「これでもかなり真面目の大真面目だっての」

足を掴まれそうになったから慌てて飛び退く。はあ、やっぱり勝てる気がしないな。かといって勝負を受けた以上は負けたくなあいしなあ。

よくよく考えたらさ、トンファーVS素手って時点で勝ち目なくね? あっれぇ? 武器さえあったらワンチャンあったかなあ……。何それ悲しい。刀とトンファー……あれなんだろう、それでも勝てる気がしないや。

「戦いの途中で考え事かい? だいぶ余裕そうだね」
「余裕じゃねえから考えてんの。おあいにく様、頭脳くらいしか取り柄がないもんで」
「へえ、そう。じゃあ死ぬまで考え事してれば?」
「その言い方なくね!?」

とにもかくにも武器の有無ってのはほんの少しでもリーチが違う。俺と雲雀じゃあらゆる面で差がありすぎる、そこをどうにか補えないことには勝ち目はゼロと言っても過言じゃないな。現に今の俺は腕力や脚力を上げたくらいじゃ攻撃に転じるには不充分すぎる。

差を埋める方法……埋める方法……。よく考えろ俺。こんな俺でも勝てる道が何かしらあるはずだ。

「……やるっきゃねえか」

何となくの算段を頭の中で構築していく。これがうまくいくかどうかは俺の耐性次第だな。

まずは攻撃覚悟で正面から突っ込む!

「ついにやけくそになったかい?」
「さあどうだろうな」

予想通りに顔面めがけて振るわれたトンファーをさっき同様腕で受け止める。引くように止めたからある程度のダメージは軽減できたはずだ。引き離されるよりも先にトンファーを掴んで勢いのままにひねりあげる。ほんの少しでも力が緩んだそのすきに

「もらったあっ!」

トンファー強奪。え、今のやり取りは全部このためだけのものですが何か。ほら、沢田だって10年後の世界で雲雀から匣を奪うのに真正面から突っ込んでるだろ。アレと同じだ、違うとは言わせん。

「武器さえあればなんとかなる!」

一瞬でブレスレットをいじって現状で出せるフルパワーを雲雀の腹に叩き込む。沢田くらいなら余裕で吹っ飛ばせるだろうけど、果たして雲雀はバランスを崩してくれるか……?

「……ふっ」
「へ? ……がっ!」

バランスを崩さないどころか突然笑った雲雀に対してビビった一瞬をつかれて、逆に俺の腹に強烈な一撃をくらわされた。酸っぱいものが込み上げてきてその場に吐き出してしまう。それでも何とか倒れそうになるのを踏ん張って堪えた。

痛ぇ、めちゃくちゃ痛ぇ。雲雀の攻撃食らったのって今のが初めてだけど、普通に考えて死ぬだろこれ。本職じゃねえと対等にやりあえねってのがよくわかった。

くっそ、視界は揺れるし体力も限界来てるぜマジで。

「まだ倒れないの? ふぅん……少し君のことを見くびってたみたいだ。尤も、もう戦う力は残ってないだろうけどね」
「ハァ……ハァ……ッ」

あーだめだ、うまく考えらんね。頭さえやられなきゃ思考はまとまると思ってたんだけどそうでもねえんだな。アニメや漫画でよく見る戦闘はさすが二次元補正だなって奴だ。

「それじゃあとどめといこうか」

雲雀が鬼人を背負って走ってくる。大きくトンファーが振りかぶられて――

「!?」

あ、やべ、反射でよけちった。そのまま上げ突き、二段の前蹴り、振り打ちと続く。うんごめんね、これ全部反射。咄嗟に背後に回った雲雀にやはり反射で裏打ちを入れる。あ、当たった。そう思ったときには本気の関節蹴りを入れていた。

「なんだ、やっぱり強いじゃないか」

そう呟いたのは、膝をついた雲雀だった。

「いや、なんか反射で」
「君、頭脳派のふりして実は実戦向きなんじゃない?」
「風紀委員に勧誘されても入らんぞ」
「入れよ」
「命令形!?」

何か知らんが勢いで勝っちゃったけど、俺は今後の自由のために頑張ったんだからな。うん、うん。

「何言ってんの。僕の監視のもとの許容に決まってるでしょ」
「理不尽の極み!」

嘘だろオイ。原作に関わるかどうかのギリギリラインで葛藤してる俺が風紀委員に入ったりなんかしたら笑えねえっての。

……待てよ、確か長谷川って生徒会長の座についてんだからそれなりの権力があるんだよな。もしここで風紀委員に入ったら少なくとも見下される立場からは抜け出せるようになるわけで……。

「保留にして置いてくんない? 数日だけ待ってくれればいいからさ」
「君が何を考えてるのかは知らないけど、逃げようとしても無駄だからね」
「そんなんじゃねえっての」

じゃあ3日だけね、そう雲雀は約束してくれた。ま、3日もあれば心の準備もできるだろうしいいか。

「よっ霜月……って、あり? 取り込み中だったか?」

突然屋上のドアが開いたかと思えば山本が顔を出した。俺の隣にいる雲雀の姿を見つけてキョトンとしている。

「それじゃあ3日後ね」
「はいはい」

踵を返し屋上を出ていく雲雀とすれ違うようにして山本が俺の方に歩み寄ってきた。

「今のって風紀委員長の……」
「不良に絡まれてただけだ、気にすんな。……で、なんか用か」
「ああ。お前のおかげで自殺を踏みとどまれたからな、礼を言っておきたくてさ」

自殺を踏みとど……ああ、そういうこと。やっぱり俺が口出ししたせいで自殺がなかったことにされたわけね。これで沢田と山本の友情イベカットとか言って後で影響出てきたりしねえか不安だわ。いやいや、その前から仲良さそうに見えたし大丈夫だろ。

「別に礼を言われるようなことは何もしてねえだろ。死ぬなっていったわけでもあるまいし」
「それと、命を軽く見るようなことをしてすまなかった!」

深々と下げられた頭に今度は俺がキョトンとしてしまう。え、待ってどういう状況?

「霜月の言い方が何か気になってよく考えたんだ。そしたらなんか、目の前で誰か失っちまったのかなって思ってさ……だとしたら本当に悪いことしちまったなって気づいたんだ」

たまに出てくるこいつの鋭い部分何とかならないの? 俺怖いよ。山本って実は天然って皮をかぶった化け物なんじゃねえのって思えてくるわ。

「あのな、例えそれがマジだったとしても山本には関係ねえだろ。俺は思ったことを素直に言っただけだぜ。礼も謝罪もされる筋合いはない」
「お前はそういうだろうけど、俺はそれが嬉しかったんだよ」
「……は?」
「思ったことを素直に言ってくれる奴が今までいなかったんだ。いつも同じことばかりでさ、頑張れとか、お前ならできるとか、確かに嬉しいぜ? けどみんな、気遣ってるだけに見えて……」

そう語る山本はどこか寂しそうに見えた。

1年生にして野球の才能を発揮している山本は誰からも特別視されている。そんじょそこらの野球選手も裸足で逃げ出す驚異的能力。それを生み出すのは才能だけではなく本人の努力も大切だ。頑張っている人間に頑張れという言葉ほど酷なものはないが、周りは他にかける言葉を見つけることは困難だろう。自分よりうまい人間に対して、その分野のアドバイスをするのは迷惑だと、烏滸がましいと、人は考えるからだ。

俺は、こいつの気持ちが少しだけわかるような気がした。運動に関して想いを共有できないのは相変わらずだ。だが、周りと常軌を逸しているせいで疎外感を感じてしまうことは、俺も同じだった。

入学以来首位を一度も譲ったことのない俺に対して、こんな容姿をしている俺に対して、真っ向から話しかけてくるやつは1人もいなかった。学院にいてそうしなかった人間は、院長ただ1人だけ。

「ああそっか、こういう気持ちなんだな……」

違うことがあるとすれば、俺は軽蔑の目で、山本は羨望の目で特別視されていた、ということだろうな。

「なあ霜月、友達になろうぜ」
「話が飛躍し過ぎだコラ」
「友達になんのに理由なんていらねーだろ?」

そういった山本の笑顔が、俺の脳裏で不意に蘇った無邪気な笑顔と重なった。眩しすぎるそれに、息が詰まった。

俺は、昔にも同じことを言われている。同じような笑顔で、同じように……。

「なあ山本。携帯、持ってるか」
「ん、まあな」
「よこせ」

ズボンのポケットから取り出された携帯を半ば奪うように取り上げると何も言わずに操作し、すぐに山本に返した。

「消したらぶっ飛ばすからな武!!」

それだけ言い残して、俺は屋上から駆け去った。

†‡†‡†‡†‡†‡

返された携帯を握ったまま、山本は呆然と立ち尽くしていた。なんとなく携帯の画面を見つめる。

「あっ」

電話帳の一番上、そこには『霜月要』という名前でメールアドレスと電話番号が登録されていた。しかもご丁寧にロックまでかけてすぐに削除ができないようになっていた。

「ツンデレかよあいつ」

思わずクスッと笑ってしまう。そして彼は、とあることに気付いた。

「……ありがとな、要」

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