13、『問七です』

時間が過ぎるのはなんて早いんだろうか。気づけば入学から早3ヶ月半、つまるところは夏休みに突入した。ひたすら並盛の巡回をさせられたおかげで引っ越しをして半年の割にはだいぶ地理に強くなった気がする。路地裏から抜け道までどんとこい。

ところで夏休みなわけなんだが悲しいかな、俺の携帯電話は今日も並中校歌を奏でている。労働基準法を無視するかのようなこき使われ方は、実は一切していない。というか、うん、まだ中学生。ていうツッコミは雲雀にするだけ無駄なんだけどな。でもさ、たまに草壁さんが隙を見てお茶に誘ってくれるのはなんとも善きかな。そのうちに草壁さんの腰巾着になりそうだ。

クーラーが効いていて居心地のいいであろう室内に期待して家を出る。夏休みだが学校に呼び出されることに悪い気はしない。だって無条件で涼めるんだぞ。電気代いらないんだぞ。なんてお財布に優しいんだ。

「遅いよ」
「居場所を教えてくれないのがいけないと思います」

いつものように応接室だと思ってみれば誰もいないから焦ったぞ。虱潰しも面倒だし校長室に直行したらいるって言うね。なんだそりゃ。

「というか何故に校長室」
「校長の印が必要な書類があったからね、ついでだよ」
「いいんスか校長……あっ聞くだけ無駄だった」

奥で置物同然と化して微動だにしない彼に何も言うまい。

「それで、今日は何をすれば?」
「分類。いつもやってることと大差ないけど、さっき言った通り特別な書類があるからね」

ここって風紀委員だよな……? と毎回疑問に思う俺は悪くない。並盛最強はどうして校長の権限を上回っているんだ。というか本当に何歳だ。アポ○キシン飲まされて再成長を遂げたわけじゃねえよな? しかし付き人(?)草壁さんは現在14歳……。今度2人の出会いでも聞いてみよう。もちろん草壁さんに。

「それが片付いたら一度校内を見回って、それから帰っていいよ」
「え、でもこれの他にも書類あるんじゃ……」
「風紀委員が何人いると思ってるの?」

正直に言うと草壁さんとお前以外にエンカウントした記憶がございません。まあ、雲雀がいいと言うんだからいいんだろう。本音としてはもっと涼んでいたい。

なんてことを思いながら書類整理を黙々とこなす。いやはや予想以上に少ないからすぐに終わりそうだ。

「この書類はこっちのボックスに入れて……と。よし、完了」

作業開始から1時間弱。頼まれた仕事を終えた俺は帰り支度を始めた。本当はもっと涼んでいたいけれど、雲雀に妨害とみなされて咬み殺されるのはごめんだ。

「ああ霜月くん、ちょっと」
「はい?」

今俺のこと呼んだの誰? あ、校長か。完全の存在忘れてましたすんません。

「院長から君にこれを渡すようにと言伝をもらっていてね」
「院長って、西条考古学院の? なんでまた突然」

校長から渡されたのはビニールに入った白い箱。何となくのぞいてみた俺は、思わず息を止めてしまった。

「まさか、そんな……」
「そろそろ入用になるだろうって心配していたよ」

箱に『Bliss:』と刻まれている金色のロゴ。これは、そう……

「わざわざ最高級チーズケーキ送ってくるとかまじないわ院長マジありがとう」

それは、西条考古学院の敷地内に存在する、卒業生が開業した超高級スイーツ店に売っているチーズケーキだった。海外留学してまで腕を磨いた上に国際的な賞まで取った彼は、OBのよしみということで月一で学院の生徒あてにいろいろなケーキを送ってきてくれるのだ。その中でも一番おいしいと評判のチーズケーキを、院長は、入学したての頃から俺に分け与えてくれていたのだ。俺のチーズケーキ好きはここに起因しているのかもしれない。

かなりぶっちゃけた話、この並盛にはあの『ラ・ナミモリーヌ』が存在しており少なくともチーズケーキの補給に関して全く困っていない。だが、この『Bliss:』のチーズケーキを上回るものに未だかつて出会っていない。つまるところ、もらって損なしだ。

「持つべきは最高の人脈……ありがたや」

中身が崩れたりしないように箱を抱えて、俺は改めて校長室を後にした。言いつけ通り、校内をぐるっと見回る。期末テストの結果を受けての補習がちらほらあったくらいで、特に異常もない。さて、家に帰ってケーキを食べよう。

……と、なるはずだった。

「あれ、霜月さんだ」
「よっ要!」

どうしてこうなった。

校門を出たところで沢田&武にエンカウントした。いいか、遭遇と書いてエンカウントだ。

「今日も風紀委員だったのか?」
「まぁな。お前らは……聞かずとも補習か」
「タイミングが合うなんて偶然ですね……ハハハ」

その顔、絶対に偶然じゃねえな。あのチビ介、俺のこと監視してやがったな。畜生あの野郎。

「隣人のよしみだ、用件は聞こう」
「えっいいんですか!?」
「やめるか?」
「いえいえいえ! あ、あの、もしこれから時間があるなら勉強を教えてくれないかな、って思ってるのと、リボーンからの強制と……」
「予想以上に正直に言ってきたな」

ぶっちゃけ、勉強を教えてほしいという頼み事はリボーン抜きにして前々から沢田本人に言われてるし、リボーンの存在以外では断る理由がどこにもない。リボーンの存在を理由にするのは原作に無闇に巻き込まれたくないってだけだから断れるわけがない。

因みに言うと俺の予想では、今日は問七の日だ。教室の近くを通った時に宿題云々って話が聞こえたし合ってるはず。三浦ハルの父親をお目にかかれるかもしれない絶好の機会なわけだし、会わずに後悔しないかと言えば嘘になる。だって大学教授だぜ? 計算ミスこそしたが問七を解いた貴重な人物だ。会いたい。

「ま、行ってやるよ。どうせ沢田の家でやんだろ? 奈々さんに渡したいもんあるし、一旦帰らせてくれりゃ問題ねえよ」
「本当!?」
「サンキューな要!」

じゃあ1時くらいに。そう約束して俺達は帰路についた。と言っても家が隣同士なんだから一緒に帰る羽目になるんだけどな。

……ちょっと待て。ふと思ったんだが俺めっちゃイベント忘れてないか? ドクロ病におけるシャマル登場回とか、三浦ハル登場回とか、ランボ登場回とか。ビアンキは学校行事に絡んできたから会えたが、他のやつらの登場回イベント思いっきりすっ飛ばしてないか? 笹川了平は2学期に入ってからだからまだいいとして。

傍観者ぞ? 我、傍観者ぞ?

何もかも、登場回のずっと前から俺に絡んできて風紀委員に縛り付けてきた雲雀のせいだ。ちくせう。

「はあ……」
「霜月さん……? どうかしましたか?」
「いんや別に。人生そう思い通りに行かねえなって痛感しただけ」
「あ、やっぱりリボーンのこと怒ってます?」
「それなりにな。何でこんなに付け回されてんだよ。闇討ちの機会でも狙われてんのか?」
「いやなんというか、興味津々で……」

全くもって笑えない返事だわそれ。

「つーか思ったんだけど、勉強教えんなら獄寺と長谷川呼べよ。成績いいし、お前だってそっちの方が話しやすいだろ」
「あ……その、もう呼んであります」

…………。

「その環境下に混ざれと」

リボーンと会う並みに嫌だよ。ただでさえ長谷川嫌いなのに。獄寺とまともに話したことないのに。

「いいよもう、ふて寝してやる。全員が解けなくなるまでふて寝してザマァってしてる」
「ええええ……」

なんだその呆れた顔は。文句あんのか。

「ま、霜月が誘いを受けただけでも良しと思え」
「いつから人の頭の上に乗ってんだチビ介許可した覚えはねえぞ降りやがれ畜生」

全く重さを感じなかった自分を恨みたい。3.7㎏だ。このチビ介の体重は3.7㎏なんだ。成犬になった小型犬と同重なんだ。何故気づかなかった!?

「あのぉ……学校を出たときからいたけど……」
「なんですぐに言わなかった」
「てっきり霜月さんが許したのかと思って、珍しいこともあるんだなあって……」
「監視の上にストーカーとはいい度胸してんじゃねえかこのクソチビィッ!」

あ、逃げやがった。この後にまた会わなきゃいけないとか地獄かよ。存在抹消不可避だわ。リボーンなんていなかった。よし、OK。俺は奈々さんと三浦パパに会いに行くんだ。それで充分だろ畜生。

はあ……マジでなんでなんだろ。一応、最終手段として引っ越しも考えておくか。

†‡†‡†‡†‡†‡

「げっ霜月! なんでいやがるんだ!」
「何なんだそのリアクションは。お前になんかしたか」
「前にとんでもねーおにぎり食わせやがっただろうが!」
「ハ、あれはお前の運がなさ過ぎただけだろ逆恨みもいいとこだな。つーか俺は沢田からの頼みとチビ介からの強制で来てんだ。ボンゴレの和気藹藹に加わろうだなんてこっちから願い下げだかんな」

とりあえず獄寺からはなんでボンゴレを知ってんだ云々問い詰められたけど面倒くさすぎてガン無視。そのうち沢田か武かチビ介から説明はいんだろ。あー、武から言っても聞く耳持たねえか。

「こんにちは霜月さん」

ん? 今何か聞こえたかって? 気のせいじゃね?

「霜月の奴、やちるさんのこと無視しやがった……!」

なんのことやらさっぱり。眼鏡女子? そんな奴どこにも見えませんけど。俺にはまったく理解できませんなあ。俺と沢田と武と獄寺しかいなくね? うん、いない。

というわけで奈々さんが持ってきてくれたお茶を飲みながら勉強会開始。とは言っても沢田や武に教えんのは専ら獄寺たちの任であって俺はほぼノータッチだ。無干渉でいるのはリボーンに対する些細な意趣返しのつもり。何故か俺の膝の上に乗ってずっと話しかけてきているが6割方はシカトしている。残りの4割は当たり障りのない生返事をしているだけだから会話にもなっていない。

てか、眠い。ものすごく眠い。さっきまで風紀委員というか威圧バリバリな雲雀の近くにいたせいで疲れすぎて眠い。

「……寝よ」
「ええっ!?」
「疲れてるから寝る。詰んだら起こして。おやすみ」

5秒以内にスヤァ。相当疲れてたんだと思う。胡坐の姿勢でしかも膝にリボーンを乗せたまま寝るなんて普通におかしい話だ。結局、数時間後に沢田に起こされるまで、本当に一度も目を覚まさなかった。

少しは疲れも取れたような気がして何となく窓の外を見ればすでに真っ暗。夏真っ盛りだというのに真っ暗とは、結構遅めの時間だな。

「で、何? だいぶ時間かかってたみたいだけど終わったの? それとも解けなかった?」
「えっと……解けなかったです。獄寺くんもやちるちゃんもお手上げみたいで……」
「ふぅん。問題見せてみ」
「あ、この問七です」

プリントを受け取って目を通す。なるほど確かに問七だ。ボンドペッタンの話ではないからアニメ展開でないのは間違いないだろ。てかボンドペッタンだったら長谷川が解いてる。

「一応聞くが、長谷川が解けなかったんだな?」
「おや、私に聞きますか。ええ残念ながら公式に目処はついていても解き方を知りませんでしたので」

あっそう、それはご愁傷様。

問題の第一印象としては、うん、普通の問題計算だ。でもやっぱり中一の夏休みの補習プリントの一問として出題するには些か頭のおかしい難易度をしている。普通っていうのはあくまでも西条考古学院卒である俺から見た普通ってことだしな。

改めて思うんだが誰がこのプリント作ってんだ。根津と同レベルの匂いがすんぞ。いや実際に大学レベルの問題を作るんだから本当に頭がいいんだろうけどその意図というか性根腐ってる辺りが同レベル。

さてと計算しますか。これで原作と全く違った答えが出てきたら爆笑もんなんだけどな。

「沢田、紙とペン貸して。持ってくんの忘れた」
「ドジっ子属性ですかあなたは」
「えーっと計算式は」
「結局無視!?」

何も聞こえません。俺には何も。

沢田から借りたシャーペンと紙を手に少々思考。問題を解くためではなく感覚を掴むため。……うん、まあ大丈夫だろ。解くか。

あとはさっさと公式を使って計算完了。ここまでの所要時間10秒。

あ、そうそう、今の計算って実は実際にねこじゃらしの公式使ったんだぜ。西条考古学院の抗議の中で本当に出てきたもんで思わず板書を5度見したのはいい思い出だ。もちろん、前世ではそんなもの習ってない。

「答えは4。差異なし上出来」
「すっげー……」

隣で獄寺から意外そうな目で見られる。リボーン世界での理詰めポジだもんなお前。まあ頑張れ。って言ってもこの問題は大学レベルだから中坊には無理だけど。

あれちょっと待って。この問題俺が解いちゃったら三浦パパの出番無くなっちゃうじゃん会えないじゃんツマンネ。

「やっぱ要ってすごいのな」
「それほどでもあるわ」
「嫌味な奴だぜ……」

ちょっと長谷川の方に向かってドヤ顔したのは内緒。

「さてと、今のが最後の問題だろ? 用も済んだことだし帰らせてもらうぞ」
「待て霜月」

部屋のドアノブに手をかけたところでリボーンに呼び止められた。なんか面倒事の予感……。

「なんであの問題が解けたんだ。大学レベルだぞ」

うんまあそうなるわな。

「西条考古学院、って言ってわかるか?」

振り向きざまに告げた学校名に誰もが首を傾げる。ただ一人、リボーンを除いて。

「世界屈指の超難関校だな」
「リボーンは知ってるの?」
「まあな」

流石はあらゆる学会で教鞭を執っているおチビさんだな。それなりにマイナー校だとは思っていたが、知ってる奴は知ってたか。

「俺さ、並盛に来るまでそこにいたんだわ」
「なっ!?」
「ええっ!?」
「マジか」
「進学校ですか……!?」

ナイスリアクション。

「てわけで解けました。それでいいだろ」
「まだ聞きたいことがある。何で並盛に来たんだ。お前、本当にツナと同い年か?」
「リボーン!?」
「ツナは黙ってろ」

ははは可哀想(笑)。っと、笑ってる場合ではないんだよなこの空気は。全くやな雰囲気だぜ。肩が凝りそうだ。

「西条考古学院ってのはさ、バカみたいな天才の集まりなんだよ。創立者でもある理事長がこれまたご立派な奴でさ、世界トップレベルの頭脳の持ち主らしくて、多分リボーンもどっかであってるだろうけど? んで、学力を求めすぎて、定員割れって言うの? 誰も入学希望すらしないいほどの無名校だったわけ」
「聞いたことがある。それで飛び級制度を設けた翌年に若干8歳で主席入学を果たし、それ以来一度も主席の座を譲らなかった化け物が出てきたって噂だ。誰も寄せ付けずその見た目から呼ばれたあだ名は――」
「氷の死神、だろ? ……俺のことだよ」

噂になってたかー。なんつーかちょっとずつリボーンに目をつけられた理由が分かってきたぞ。よくよく考えたら俺みたいな経歴の持ち主ってリボーンにとって最高のエサじゃねえかよ。ていうか氷の死神ってなんだよ殺すぞ。

「だったら尚更だ。なんで学院を出て並盛に来た」
「……追い出された」
「何?」
「追い出されたんだよ、俺の学力を恐れた理事長にな。けど、学院の院長と並中の校長が旧知の仲だっていうんで、唯一のツテでこっちに来たんだよ」

前世でも現世でも起こった追放の話。2度も聞いたあの日の怒号は今でも耳に焼き付いて離れない。脳裏に焼き付いたあの日の光景は忘れることはできない。

銀は、運命を司る神がいることを教えてくれた。それと同時に、強く望まない限りは転生しようとも同じ人生を、運命を辿ってしまうことも教えてくれた。

死のうが死ぬまいが、俺の学院生活はあそこで終わっていたのだ。

「そういうことだ。変な話を聞かせて悪かったな」

今度こそ、ドアノブを回して扉を開ける。が、誰に止められるわけでもなく不意に足を止め、少しだけ振り返った。

「一応言っておくけど、これでもちゃんとお前らと同い年だからな」

そう一言だけ残すと、俺は彼らの元を後にした。奈々さんに挨拶だけして家を出る。

この場から少しでも遠くへ、できる限る遠くへ、消えてしまいたいと願った。けれども悲しいかな、俺の家はここのすぐ隣に存在しているのだ。初めこそ偶然とばかり思っていたけれど、これもまた運命、いや必然だったのかもしれない。

我が家に入った後に何をしていたのかはあまり覚えていない。リビングのソファに倒れ込んだきり記憶が抜け落ちている。ただ……とても懐かしいものを見ていた気がする。父の、母の、そして兄の優しい笑顔が、ぬくもりが、確かにそこにあった気がする。

そして最後はあの凄惨な夢を見ていた気がする。誰かの悲鳴がこの鼓膜を震わせる、あの夢を。

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