20、『体育祭』

2学期に入ってから、そこそこの月日が経過した。残暑とはお世辞にも言い難い蒸し暑さに包まれる中、並盛中に、ついにあれの季節がやってきた。

え、何の季節かって? 察してくれ、体育祭だ。書類の仕分けをやってたら、さりげなあく存在してくれてやがったんだよ。ていうか、そのおかげでもうこんな時期なんだなって気づけたんだが。

それで、何だけどさ。

「総大将、引き受けてくれないでしょうか?」

何がどうして男子種目の花である棒倒しの総大将に俺が推薦されてるんだ? しかもあろうことか、沢田の奴に!

「よく考えてみろよ沢田。確かに俺はこんな成りをしているうえにこんな性格をしているが、だからといっても生物学上もも戸籍上も間違いなく女だ。それなのに何が理由で俺がわざわざ男子種目に、しかも棒倒しに、よりにもよって総大将として参加しなくちゃならんのだ?」

場所は教室、時間は放課後。なんでも昼休みには体育祭に向けてのクラス別ミーティングがあったらしいのだが、あいにくと俺は恭に呼び出されて応接室で風紀委員の仕事をしてたために欠席をした。それが悪かったのか何なのか、ようやく解放されて教室に戻ってみればこのザマだ。

「俺が推薦したからな」

この声は……。ったく俺は呪われでもしてんのか? なんでまたいつものごとくチビ介が介入してきやがってるんだ。

「てめえ、舐めたことしてんじゃねえぞ」
「別にいいじゃねえか。きっと楽しいぞ。つーかもうお前で登録してあるからな」
「ぶっ殺す」

†‡†‡†‡†‡†‡

「なあ、恭」
「なに」
「俺が男子種目に総大将として出るのってさすがに無理あるよな」
「棒倒しのことかい?」
「よくご存じで」
「僕が許可したからね」

…………。…………。…………。…………。

「お 前 か ああああーっ!!」

殺す! 絶対ぜってーに殺す! 地獄の果てまで追いかけてでも殺す!!

「もし勝てたら、君の好きな『Bliss:』のチーズケーキ、取り寄せてあげるつもりでいるんだけど」
「うぐっ……」

おい、いくらなんでもそれは卑怯だろ。『Bliss:』のチーズケーキを人質に取るのはあまりにも卑怯すぎる。

「……はあ、わかったよ。やればいいんだろ、やれば」
「ちなみに、負けた場合は風紀委員長補佐に任命するから」
「命を懸けてでも勝たせていただきます!」

心の底から全力で叫んだ俺であった。

……ていうか待って。なんで棒倒し一つで俺はこんなにもあちこちから脅迫されてるんですかね? しかもなんでそこに恭までもが乗っかってくるんだね? ふざけるな。お前はうちのクラスと無関係じゃないか。

「何を寝ぼけたことを言ってるの? 僕もAクラスだよ」
Really なんですと?」

あれれぇ、おかしいぞぉ? こいつって確かB・C連合チームの総大将やってませんでしたっけぇ? あ、でもあれは沢田の相手をすればリボーンに会えるかもしれないという目論見があってこそなのか……。いやいや、だとしてもわけわからん。確かに原作でも、好きな時に好きな学年にいられるとか馬鹿みたいなこと言ってたけどさすがに職権乱用だろ。これはひどい。

ていうかよ、いくら最近は頑張って体を鍛えているうえに銀からもらった身体能力とブレスレットの加護があったとしても、俺は新島から軽い嫌がらせを受けるくらいに沢田レベルの運動音痴なんだぞ。普通に考えて勝てるわけがない。勝算もない。とすると、俺は俺で策を考えなくちゃいけなくなるわけだ。

これは、一か八かの賭けに出てみるしかないのかもしれないな。そのためには、そうだな……。

「なあ、恭……。棒倒しのことで頼みがあるんだけど」

†‡†‡†‡†‡†‡

月日が流れるのは何とも早いもので、悲しいかな、気づいた時には体育祭の当日を迎えてしまっていた。実に悲しい。本当に悲しい。今日に至るまでに結局は誰のことも説き伏せることができず、頼みの綱であった武にさえいつもの調子で沢田側に加勢され、棒倒しの総大将の座を揺るがすことはかなわなかった。笹川と黒川にまで笑顔で応援されるし……おかしいだろここの住人。違和感持てよ。

というより、まさかクラスのリレーメンバーにまで選ばれてるとは思わなかった。誰だ自殺行為に走った奴は、と思ってみればある意味で想定内である我らが担任、新島だった。想定内とはいえ、自殺行為には違いない。許すまじ鬼教師。リレーどころかすべてのスポーツにおいて俺が1位争いをするどころか上位争いに食い込めるはずもなく、まあ結果はビリだった。と言いたいところなのだが驚いたのは俺の次の走者、アンカーを任されていた長谷川やちるだった。なんといっても恐ろしく足が速い。クラス内一の運動神経を誇る武にも匹敵する速さ。正直、あれを見せられるとマフィアという言葉に何度頷こうとお釣りがたくさん出る気がする。

俺のせいで大きく開きすぎた距離をものともせず、あっという間に先頭に躍り出るわ、そこからさらに後ろを引き離してダントツの1位でゴールするわ。……仲良くしようという気はいまだに起きないけど、少し見直したかも。残念なことに仲良くしたいとは思わないんだけどな。

ところでリレーに関してはブレスレットの力は使わなかった。明日の筋肉痛が嫌だし、何より使った反動で後に控える棒倒しに支障が出たら恭に殺される。何重もの意味で殺される。それだけは絶対に嫌だ。そんなことより途中棄権をしないで走り切った俺を褒めろ。

「つーわけで、ちょっとでも棒を傾けてみろ、全員ぶっ潰す」

そんなこんなでついに始まってしまった棒倒しの時間。ついでに早急にAクラス全員を脅しにっかかった。先輩? そんなものは関係ない。ここは風紀委員特権だ。チーズケーキと俺の今後がかかってるんだ、原作みたいなオチにはさせない。

あと変な話、この世界の影響なのかそれとも恭のそばに長くいた成果なのかよくわからないのだが、俺も少しは殺気のような気迫を相手に向けられるようになった。嬉しいような嬉しくないような。まあ人除けにはかなり有効だからうまく活用していこうと思う。

「さてと、勝てるように頑張らねえとな」

棒の上に取り付けられた台の上から周りを見渡す。同じ目線にいるのはBクラスとCクラスの総大将。沢田が総大将にならなかった分、リボーンが余計な手出しをしてこなかったのが大きな一因だろう。それに俺が相手なら向こうだって変な気は起こさないだろうし、獄寺や笹川兄、ひいてはビアンキも含めバカみたいな行動に移ることだってしない。せいぜい直前に武に思いっきり背中を叩かれたくらいだ。まだちょっと痛い。

「用意、開始!!」

ホイッスルの音と同時に全軍が一斉に動き出した。うわ、思った以上に揺れるし落ちそうになる。バランスもうまく取れないが、まあそれも今のうちだけか。

「がっ!」
「ぐえっ!」

B・C両軍の総大将が大きくバランスを崩した。

「悪いが、手段は選ばないし容赦もしない」

たった今、俺はあの2人に向かってあらかじめ拾っておいた小石を投げつけた。それもただ投げたんじゃない。如意珠というものを使わせてもらった。付け焼刃だから俺だって詳しいことはわからないんだが、簡単に言うと指で球を弾き飛ばす攻撃手段だ。当たるとものすごく痛い。プロが使うと銃弾と同じ威力があるらしい。

反則だといわれそうなんだが知ったこっちゃない。こちとら天下の風紀委員長様から武器の使用許可もらってきてるんじゃ。文句は言わせん。俺だって負けらんないんだよ。

さてはて、小石をぶち当てたまではよかったんだが、当たった衝撃と痛みで落っこちてくれたのは片方だけだった。がたいがいい奴は無駄に踏ん張ってくれやがった。はあ、これで落ちてくれた方が楽だったんだけどな。なにせ、恭からもらった武器の使用許可の本命は、今から使う方なんだからさ。

「いくぜ、霜天氷龍」

ズボンのポケットに潜ませておいた短刀に力を籠める。こんなものを持ち込んでいるのがばれたら大問題なんだろうけど、そもそも下は大乱闘、この棒をそれなりに高さがあって細かい動きなんか見えるはずがない。双眼鏡で覗いていそうなリボーンを除いて。

手の中に現れたのは小さい氷の龍。わかりやすく言えば白蘭が使ったミニ白龍を氷版にしたようなもんだ。もちろん冷たい。

……今更なんだけど、霜天氷龍って氷雪系の斬魄刀じゃん。俺って世界観的に霊圧とか持ってないからその代わりに俺の中にも微量だろうとありそうな死ぬ気の炎使ってブレスレットで具現化させてんだよね。つまるところこの斬魄刀の姿って俺の属性ってことになるのかな? だとしたらナニコレ。雪の守護者を名乗るジェラーロじゃあるまいし。まあ、斬魄刀にするにあたって氷輪丸をイメージしてたのも影響してるんだろうけどさ。

まあいっか。少なくとも未来編にかかわるようなことになればわかるだろ。いや巻き込まれたくはないけど。

「そんじゃ、奈落の底へ逝っててらっしゃい」

白蘭がやったように、ダーツを投げるように。静かに、そして勢いよく氷龍を放った。如意珠といい今といい、ブレスレットのコンタクト機能って素晴らしいね。確実に当てられるわ。

「ぎゃああああ」
「勝者、Aクラス」

ふう、なんとか首の皮1枚つながったな。良かった良かった。

†‡†‡†‡†‡†‡

「要、これ」

体育祭も終わり、振替休日の昼下がり。晴れて超高級チーズケーキを頬張っている俺のもとに、恭が何かをもってやってきた。臙脂色の布に金色の文字で刺繡がしてある。どこからどう見ても風紀委員の腕章ですな。

「なんで今更? 腕章なら初めっからつけてるだろ」
「そうじゃないよ。ちゃんとよく見て」

よく見るの? はいはい、えーと……?

〈風紀委員長補佐〉

何故なにゆえに!?」
「Aクラスが優勝したご褒美」

腕章を持つ手がふるふると震える。ちらりと見た恭の顔は、いつになく勝ち誇った表情を見せていた。

「全然ご褒美になってねえーっ!!」

この日から俺の腕章が2つに増えたことは言うまでもない。

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